・・・しかし、念のために土地の女の風俗を見ようと、山王様御参詣は、その下心だったかとも存じられます。……ところを、桔梗ヶ池の、凄い、美しいお方のことをおききなすって、これが時々人目にも触れるというので、自然、代官婆の目にもとまっていて、自分の容色・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・この夜おとよは下心あって自分から風呂もたててしまいの湯の洗濯にかこつけ、省作を待つのである。 おとよが家の大体をいうと、北を表に県道を前にした屋敷構えである。南の裏庭広く、物置きや板倉が縦に母屋に続いて、短冊形に長めな地なりだ。裏の行き・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・蝶子に言われても、子供を無理に引き取る気の出なかったのは、いずれ帰参がかなうかも知れぬという下心があるためだったが、それでも、子供と離れていることはさすがに淋しいと、これは人ごとでなかった。ある日、昔の遊び友達に会い、誘われると、もともと好・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・という弱々しい未練いっぱいの訴えとなって終わってしまうほかないので、それも考えてみれば未練とは言ってもやはり夜中なにか起こったときには相手をはっと気づかせることの役には立つという切羽つまった下心もは入っているにはちがいなく、そうすることによ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・なたやとすこし甘たれたる小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文を向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点しやがて本文通りなまじ同伴あるを邪魔と思うころは紛れもない下心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・その頃だ。おげんが旦那を待ち暮す心はその頃になっても変らなかった。機会さえあらば、何処かの温泉地でなりと旦那を見、お新にも逢わせ、どうかして旦那の心をもう一度以前の妻子の方へ引きかへさせたい。その下心でおげんは東京の地を踏んだが、あの伜の家・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪業の深い男のようである。いつまで経っても、・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・まさか、自分が老人になってから、子供に助けられ、世話になろうなどという図々しい虫のよい下心は、まったく持ち合わせてはいないけれども、この親は、その家庭において、常に子供たちのご機嫌ばかり伺っている。子供、といっても、私のところの子供たちは、・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・破れるほどの喝采にて、またもわれら同業者の生活をおびやかす下心と見受けたり。おめでとう。『英雄文学』社のほうへ送った由、も少し稿料よろしきほうへ送ったらよかったろうに。でも、まあ、大みそか、お正月、百円くらい損してもいいから、一日もはやく現・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 彼は、電話の番号帳により、キヌ子のアパートの所番地を調べ、ウイスキイ一本とピイナツを二袋だけ買い求め、腹がへったらキヌ子に何かおごらせてやろうという下心、そうしてウイスキイをがぶがぶ飲んで、酔いつぶれた振りをして寝てしまえば、あとは、・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫