・・・…… けれどもこの立志譚は尊徳に名誉を与える代りに、当然尊徳の両親には不名誉を与える物語である。彼等は尊徳の教育に寸毫の便宜をも与えなかった。いや、寧ろ与えたものは障碍ばかりだった位である。これは両親たる責任上、明らかに恥辱と云わなけれ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・かりにもし、ドイツ人は飲料水の代りに麦酒を飲むそうだから我々もそうしようというようなこと……とまではむろんいくまいが、些少でもそれに類したことがあっては諸君の不名誉ではあるまいか。もっと卒直にいえば、諸君は諸君の詩に関する知識の日に日に進む・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・「そんな不名誉な話は無論する気遣いはありませんが、シカシ妙だと思いましたよ、二、三日前に来た時急に国へ帰るってましたから。」「それは君、島田が帰らせるんだよ。島田には実に感服したよ。Yがオイオイ声を出して泣いて詫まった時にダネ。人間・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・または極局身後の不名誉の苦痛というようなものを想像して自分が死ぬることもある。所詮同情の底にも自己はあるように思われてならない。こんな風で同情道徳の色彩も変ってしまった。 さらに一つは、義務とか理想とかのために、人間が機械となる場合があ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・脱走兵を出したとあっては、この町全体の不名誉です。この町の名誉のために、一つ御苦労でもたのむ、というような事でした。 私は署長と一緒に吹雪の中を、あれの家へ出掛けました。かなり遠いのです。どうも人間の一生には、いろいろな事があると思いま・・・ 太宰治 「嘘」
・・・大隅忠太郎君は、私と大学が同期で、けれども私のように不名誉な落第などはせずに、さっさと卒業して、東京の或る雑誌社に勤めた。人間には、いろいろの癖がある。大隅君には、学生時代から少し威張りたがる癖があった。けれども、それは決して大隅君の本心か・・・ 太宰治 「佳日」
・・・膝を交えて一論戦しても、私の不名誉にはなるまい。「ゆっくり話をして、みたいんだがね。」私は技巧的な微笑を頬に浮かべて、「君は、さっきから僕を無学だの低能だのと称しているが、僕だって多少は、名の有る男だ。事実、無学であり低能ではあるが、け・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・故郷に於ける十年来の不名誉を恢復するのは、いまである。名士の振りをしろ、名士の。とんと私の肩を叩いたものがある。見ると、甲野嘉一君である。私は、自分の歯の汚いのも忘れて、笑ってしまった。甲野嘉一君とは、十年来の友人である。同郷のゆえを以て交・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・おれは、友人の不名誉の病い慰めようと、一途に、それのみ思いつめ、われからすすんで病気になった。けれども、そんなこと、みんなだめ。誰も信じて呉れぬのだ。同じころ、突如一友人にかなりの金額送って、酒か旅行に使いたまえ。今月の小使銭あまってしまっ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・を口走り、その頃は私も一生懸命に勉強していい詩を書きたいと念じていた矢先で、謂わば青雲の志をほのかながら胸に抱いていたのでございますから、たとい半狂乱の譫言にもせよ、悪魔だの色魔だの貞操蹂躙だのという不名誉きわまる事を言われ、それが世間の評・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫