・・・をして、「家」を亡さしむるが故に――「主」をして、不孝の名を負わしむるが故に、大事なのである。では、その大事を未然に防ぐには、どうしたら、いいであろうか。この点になると、宇左衛門は林右衛門ほど明瞭な、意見を持っていないようであった。恐らく彼・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、好いと思っているのだな」 閻魔大王は森羅殿も崩れる程、凄じい声で喚きました。「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」 鬼どもは一斉に「・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ウヌ生ふざけて……親不孝ものめが、この上にも親の面に泥を塗るつもりか、ウヌよくも……」 おとよは泣き伏す。父はこらえかねた憤怒の眼を光らしいきなり立ち上がった。母もあわてて立ってそれにすがりつく。「お千代やお千代や……早くきてくれ」・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・父の亡魂なのだ。不孝の子を父ははるばると訪ねてきてくれたのだと思うと私はまた新しく涙が出てきたが、私は父を慕う心持で胸がいっぱいになった。「お前も来い! 不憫な子よ、お前の三十五年の生涯だって結局闇から闇に彷徨していたにすぎないんだが、私の・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・然しお政さんなんぞは幸福さ、いくら親に不孝な男でも女房だけは可愛がるからね。お光などのように兵隊の気嫌まで取て漸々御飯を戴いていく女もあるから、お前さんなんぞ決して不足に思っちゃなりませんよ」 皮肉も言い尽して、暫らく烟草を吹かしながら・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・親ッてこんな不孝ものにも、矢張りこんなに厚い蒲団を送って寄こすものかなア。」 俺はだまっていた。 独りになって、それを隅の方に積み重ねながら、本当にそれがゴワ/\していて重く、厚くて、とてつもなく巾が広いことを知った。 その後、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・私の家は、この五、六年、私の不孝ばかりでは無く、他の事でも、不仕合せの連続の様子なのである。おゆるし下さい。「K町の、辻馬……」というには言った積りなのであるが、声が喉にひっからまり、殆ど誰にも聞きとれなかったに違いない。「もう、い・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・私の事で、こんな騒ぎになって、私ほど悪い不孝な娘は無いという気がしました。こんな事なら、いっそ、綴方でも小説でも、一心に勉強して、母を喜ばせてあげたいとさえ思いましたが、私は、だめなのです。もう、ちっとも何も書けないのです。文才とやらいうも・・・ 太宰治 「千代女」
・・・見舞いの手紙も一度も出した事はない。不孝の子だ。……」「弟と通りを散歩しながら、いつになく、自分の感情の美しからざる事などを投げ出すように話した。おれは自分をあわれむというほかに何も考えない。こんな事を言った。そして弟の前に自分を踏みつ・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・どこに不忠の嫌疑を冒しても陛下を諫め奉り陛下をして敵を愛し不孝の者を宥し玉う仁君となし奉らねば已まぬ忠臣があるか。諸君、忠臣は孝子の門に出ずで、忠孝もと一途である。孔子は孝について何といったか。色難。有事弟子服其労、有酒食先生饌、曾以是為孝・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫