・・・玉子豆腐はどうしてできるかこれまた不明である。食うことは知っているが拵える事は全く知らない。その他味淋にしろ、醤油にしろ、なんにしろかにしろすべて知らないことだらけである。知識の上において非常な不具と云わなければなりますまい。けれどもすべて・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ その同じ時刻に、安岡が最期の息を吐き出す時に、旅行先で深谷が行方不明になった。 数日後、深谷の屍骸が渚に打ち上げられていた。その死体は、大理石のように半透明であった。 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 当初の考には、我が日本国の不文不明なるは教育のあまねからざるがためのみ、教育さえ行届けば文明富強は日を期していたすべし、との胸算にてありしが、さて今日にいたりて実際の模様を見るに、教育はなかなかよく行きとどきて字を知る者も多く、一芸一・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。 宮沢賢治 「オツベルと象」
人物 バナナン大将。 特務曹長、 曹長、 兵士、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。場処 不明なるも劇中マルトン原と呼ばれたり。時 不明。幕あく。砲弾にて破損せる・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・その間に四一年十二月九日から翌年七月末、巣鴨拘置所で病気が悪化し意識不明になるまでとめておかれた。少し眼も見えるようになった一九四三年の春から秋にかけて、調べのつづきということで、警察や検事局へよばれた。警察では、「三月の第四日曜」という小・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・それからは行方不明になっている。多分四国へでも渡ったかと云うことである。 松坂の目代にこの顛末を聞いた時、この坊主になった定右衛門の伜亀蔵が敵だと云うことに疑を挾むものは、主従三人の中に一人もなかった。宇平はすぐに四国へ尋ねに往こう・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・と繰り返してすぐに自分で、「不明だな」と云い足して、やっと顔を挙げた。 ツァウォツキイは頷いた。「何か娑婆で忘れて来た事があるなら、一日だけ暇を貰って帰って来る権利があるのだ。正当に死ねるはずの時が来て死んだものには、そんな権利は無・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・行方不明です。」「それはよほど前の事かね。」「さよう。もう三十年程になります。」 エルリングは昂然として戸口を出て行くので、己も附いて出た。戸の外で己は握手して覚えず丁寧に礼をした。 暫くしてから海面の薄明りの中で己はエルリ・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・彼の著として伝わっている『仮名性理』あるいは『千代もと草』は、平易に儒教道徳を説いたものであるが、しかし実は、彼の著書であるかどうか不明のものである。同じ書は『心学五倫書』という題名のもとに無署名で刊行されていた。初めは熊沢蕃山が書いたと噂・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫