・・・そのような不祥がございませんように、どうか茂作の一命を御守りなすって下さいまし。それも私風情の信心には及ばない事でございましたら、せめては私の息のございます限り、茂作の命を御助け下さいまし。私もとる年でございますし、霊魂を天主に御捧げ申すの・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・どうか昭代をして、不祥の名を負わせないように、閣下の御職務を御完うし下さい。 猶、御質問の筋があれば、私はいつでも御署まで出頭致します。ではこれで、筆を擱く事に致しましょう。 第二の手紙 ――警察署長閣下、 ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・外から入って来た不祥はなかった。――それがその時、汝の手で開いたのか。侍女 ええ、錠の鍵は、がっちりささっておりましたけれど、赤錆に錆切りまして、圧しますと開きました。くされて落ちたのでございます。塀の外に、散歩らしいのが一人立っていた・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 何かしら絆が搦んでいるらしい、判事は、いずれ不祥のことと胸を――色も変ったよう、「どうかしたのかい、」と少しせき込んだが、いう言葉に力が入った。「煩っておりますので、」「何、煩って、」「はい、煩っておりますのでございま・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・文人が社会を茶にしたり呪ったりするは文学の為めにもならなければ国家の為めにも亦不祥である。 そこで、左も右くも今日、文学が職業として成立し、多くの文人中には大臣の園遊会に招かれて絹帽を被って出掛けるものも一人や二人あるようになったのは、・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・この日本の国体の順逆を犯した不祥の事変は日蓮の生まれるすぐ前の年のできごとであった。陪臣の身をもって、北条義時は朝廷を攻め、後鳥羽、土御門、順徳三上皇を僻陲の島々に遠流し奉ったのであった。そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ さて、それほどに事柄が明白ならば、一体どうして、そんな不祥な問題が発生し得るか。価値のあるものなら通過し、ないものは通過しないと決まっているのなら、私利私情などというものの入り込む余地はないではないかということになる。正にその通りであ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・そして結局何かしら不祥な問題でも起してやはり汚名を後生に残したかもしれない。 こういう点でどこかスパランツァニに似ている。優れた自由な頭脳と強烈な盲目の功名心の結合した場合に起りやすい現象であると思う。 この随筆中に仏書の悪口をいう・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・というはなはだ不祥なことが、よく言えば一つの交響楽の演奏をするということにもなりうる。めいめいがソロをきかせるつもりでは成り立たないのである。 中学時代にはよく「おれは何々主義だ」と言って力こぶを入れることがはやった。かぼちゃを食わぬ主・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ ただこのごろの新聞紙上をにぎわすようないろいろの不祥な社会的現象は、それが大本教事件でも宝塚事件でも、すべてが直接これらの事件とはなんの関係もない南海の村落でこの「ナンモンデー」の廃止された事とどこかで連関していて、むしろそれの当然の・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
出典:青空文庫