・・・あの島々と、上の鷲頭山に包まれて、この海岸は、これから先、小海、重寺、口野などとなりますと、御覧の通り不穏な駿河湾が、山の根を奥へ奥へと深く入込んでおりますから、風波の恐怖といってはほとんどありません――そのかわり、山の麓の隅の隅が、山扁の・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・と言う主人の少女の顔は羞恥そうな笑のうちにも何となく不穏のところが見透かされた。「私の口から言い悪くいけれど……貴姉大概解かっていましょう……」「私が妾になるとか成ったとかいう事なんでしょう。」 と言った主人の少女の声は震えて居・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・時節柄当局の神経は尖鋭となっていたので、ついにこの不穏の言動をもって、人心を攪乱するところの沙門を、流罪に処するということになった。 これは貞永式目に出家の死罪を禁じてあるので、表は流罪として、実は竜ノ口で斬ろうという計画であった。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・その規約によると、誠心誠意主人のために働いた者には、解雇又は退隠の際、或は不時の不幸、特に必要な場合に限り元利金を返還するが、若し不正、不穏の行為其他により解雇する時には、返還せずというような箇条があった。たいてい、どこにでも主人が勝手にそ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・自由の利く者は誰しも享楽主義になりたがるこの不穏な世に大自由の出来る身を以て、淫欲までを禁遏したのは恐ろしい信仰心の凝固りであった。そして畏るべき鉄のような厳冷な態度で修法をはじめた。勿論生やさしい料簡方で出来る事ではない。 政元は堅固・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ほんとうにその人を尊敬しているならば、そんな不穏の行動も、あながち悪事とは言えまい、と私は、やはりまじめに言ったのであるが、学生は、こんどは、げらげら笑い出して、それほど尊敬している人は、日本の作家の中には無い、ゲエテとか、ダヴィンチのお弟・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・どうもなあ、不穏な形勢なんだ。そこへ俺が飛び込んで行って、待った! と言うのだ。ちょうど幡随院の長兵衛というところだ。俺はもう命も何も惜しくねえ。俺が死んだって、俺には財産があるんだからな、かかや子供は困る事がない。おい、文学者。あしたの晩・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・芸者とも女優ともつかぬ此のけばけばしい風俗で良家を訪問することは其家に対しては不穏な言語や兇器よりも、遥に痛烈な脅嚇である。むかしの無頼漢が町家の店先に尻をまくって刺青を見せるのと同しである。僕はお民が何のために突然僕の家へ来たのかを問うよ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・故に本文敵国の語、或は不穏なりとて説を作。 東洋和漢の旧筆法に従えば、氏のごときは到底終を全うすべき人にあらず。漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとし・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・それがためにこの二、三日は余の苦しみと、家内の騒ぎと、友人の看護旁訪い来るなどで、病室には一種不穏の徴を示して居る。昨夜も大勢来て居った友人(碧梧桐、鼠骨、左千夫、秀真、節は帰ってしもうて余らの眠りに就たのは一時頃であったが、今朝起きて見る・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
出典:青空文庫