・・・それからドモ又の弟にいうが、不精をしていると、頭の毛と髭とが延びてきて、ドモ又にあともどりする恐れがあるから、今後決して不精髭を生やさないことにしてくれ。とも子 そんなこと、私がさせときませんわ。戸外にて戸をたたく音聞こゆ。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 急に、おお寒い、おお寒い、風邪揚句だ不精しょう。誰ぞかわんなはらねえかって、艫からドンと飛下りただ。 船はぐらぐらとしただがね、それで止まるような波じゃねえだ。どんぶりこッこ、すっこッこ、陸へ百里やら五十里やら、方角も何も分らねえ・・・ 泉鏡花 「海異記」
一「小使、小ウ使。」 程もあらせず、……廊下を急いで、もっとも授業中の遠慮、静に教員控所の板戸の前へ敷居越に髯面……というが頤頬などに貯えたわけではない。不精で剃刀を当てないから、むじゃむじゃとして・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・が、しかし、その時のは綺麗な姉さんでも小母さんでもない。不精髯の胡麻塩の親仁であった。と、ばけものは、人の慾に憑いて邪心を追って来たので、優い婦は幻影ばかり。道具屋は、稚いのを憐れがって、嘘で庇ってくれたのであろうも知れない。――思出すたび・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・女中は遁げ腰のもったて尻で、敷居へ半分だけ突き込んでいた膝を、ぬいと引っこ抜いて不精に出て行く。 待つことしばらくして、盆で突き出したやつを見ると、丼がたった一つ。腹の空いた悲しさに、姐さん二ぜんと頼んだのだが。と詰るように言うと、へい・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・一家にしても、その家に一人の不精ものがあれば、そのためにほとんど家庭の平和を破るのである。そのかわりに、一家手ぞろいで働くという時などには随分はげしき労働も見るほどに苦しいものではない。朝夕忙しく、水門が白むと共に起き、三つ星の西に傾くまで・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・かの女の黒いのはむしろ無精だからであると僕には思われた。「磨いて見せるほどあたいが打ち込む男は、この国府津にゃアいないよ」とは、かの女がその時の返事であった。 住職の知り合いで、ある小銀行の役員をつとめている田島というものも、また、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・よれよれの着物の襟を胸まではだけているので、蘚苔のようにべったりと溜った垢がまる見えである。不精者らしいことは、その大きく突き出た顎のじじむさいひげが物語っている。小柄だが、角力取りのようにでっぷり肥っているので、その汚なさが一層目立つ。濡・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 少年はいぶかしそうに豊吉を見て、不精無精に籠の口を豊吉の前に差し向けた。『なるほど、なるほど。』豊吉はちょっと籠の中を見たばかりで、少年の顔をじっと見ながら『なるほど、なるほど』といって小首を傾けた。 少年は『大きいだろう!』・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 少年はいぶかしそうに豊吉を見て、不精無精に籠の口を豊吉の前に差し向けた。『なるほど、なるほど。』豊吉はちょっと籠の中を見たばかりで、少年の顔をじっと見ながら『なるほど、なるほど』といって小首を傾けた。 少年は『大きいだろう!』・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫