・・・仁右衛門を案内した男は笠井という小作人で、天理教の世話人もしているのだといって聞かせたりした。 七町も八町も歩いたと思うのに赤坊はまだ泣きやまなかった。縊り殺されそうな泣き声が反響もなく風に吹きちぎられて遠く流れて行った。 やがて畦・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・が、三日も経たないのに、寺から世話人に返して来ました。預った夜から、いままでに覚えない、凄じい鼠の荒れ方で、何と、昼も騒ぐ。……それが皆その像を狙うので、人手は足りず、お守をしかねると言うのです。猫を紙袋に入れて、ちょいとつけばニャンと鳴か・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ この書画会の肝煎をするのが今の榛原や紀友のような書画の材料商であって、当時江戸では今の榛原よりは一層手広く商売した馬喰町の扇面亭というが専ら書画会の世話人をした。同じ町内の交誼で椿岳は扇面亭の主人とはいたって心易く交際っていて、こうい・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ そういう家に不幸のあった時には村じゅうの人が寄り集まって万端の世話をする。世話人があまりおおぜいであるために事務はかえって渋滞する場合もある。そして最後にはやはり酒が出なければ収まらない。 ある豪家の老人が死んだ葬式の晩に、ある男・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・あまりおもしろくもないあるいはむしろ不愉快な演説を我慢して聞くのはまだいいとしても、時によると幹事とか世話人から「指名」などと言って無理やりに何かしゃべる事を強要される。それでも頑強に応じないと、あとから立つ人の演説の中で槍玉にあげられる。・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・側面に「文化九年壬申三月建、本郷村中世話人惣四郎」と勒されていた。そしてその文字は楷書であるが何となく大田南畝の筆らしく思われたので、傍の溜り水にハンケチを濡し、石の面に選挙侯補者の広告や何かの幾枚となく貼ってあるのを洗い落して見ると、案の・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 鶏舎に面した木戸の方へ廻ると十五の子の字で、雨風にさらされて木目の立った板の面に白墨で、 花園 園主 世話人 助手人と、お清書の様にキッパリキッパリ書いてある。 微笑まずに居られない。 気がついて見る・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 人も我もぼんやりしている処へ、世話人らしい男が来て、舟へ案内した。この船宿の桟橋ばかりに屋根船が五六艘着いている。それへ階上階下から人が出て乗り込む。中には友禅の赤い袖がちら附いて、「一しょに乗りたいわよ、こっちへお出よ」と友を誘うお・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・そこで早速その団体の世話人に話して、君を聘することにさせた。立見の勘定は私が払わなくても好いことになった。 F君は殆毎日のように私の所へ遊びに来た。話はドイツ語の事を離れぬが、別に私に難問をするでもない。新に得た地位に安んじて、熱心に初・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫