・・・四 知識で押して行けば普通道徳が一の方便になるとともに、その根柢に自己の生を愛するという積極的な目標が見えて来る。世間にはこの目標を目障りだと言って見まいとするものもあるが、自分にはどうしても見えると言う方が正直としか思われ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ このことは、前に言った高橋さんたちのはたらきとともに、まだ世間につたえられていないのでとくに、人々の傾ちょうをあおいでおきたいと思います。 火災からひなんしたすべての人たちのうち、おそらく少くとも百二十万以上の人は、ようやくのこと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・わたしの内にいる時なんぞに来ようもんなら、目をほじくり出して遣るわ。世間で彼此云ってわたしの耳に這入らないうちに、あの人が自分で話したから好かったわね。フリイデリイケばかりではないわ。一体なんだってどの女もどの女もあの人にでれ付くのだろう。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・せったなりのこのおばあさんは、二人のむすこが耕すささやかな畑地のほかに、窓越しに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものとは異なっていました。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 二人の姉達は、世間並の費用と面倒とで、もう結婚して仕舞っていました。今は唖の末娘が両親の深い心がかりとなっています。世の中の人は、皆、彼女が物を云わないので、ちっとも物に感じない、とでも思っているようでした。彼女の行末のことだの、心配・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・記者というものは柄が悪い、と世間から言われているようですけれども、大谷さんにくらべると、どうしてどうして、正直であっさりして、大谷さんが男爵の御次男なら、記者たちのほうが、公爵の御総領くらいの値打があります。大谷さんは、終戦後は一段と酒量も・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・しかし世間並から言えば、かなりの男振りで、立派に通用するのである。 ポルジイは暇を遣るとき握手して遣ることは出来なかった。それは自分の手が両方共塞がっていたからである。右には紙巻烟草を持っていた。左には鞭を持っていた。鞭を持っていたのは・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・で、そんな世間的のことは考えずに書こう。ロマンチックであろうが、センチメンタルであろうが、新しい思潮に触れていまいが、そんなことは考えずに書こう。こう決心して、それからK氏――小林君の親友のK氏を大塚に訪問し、手紙を二三通借りて来たりして、・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・しかし一般世間に持て囃されるようになったのは昨今の事である。遠い恒星の光が太陽の近くを通過する際に、それが重力の場の影響のために極めてわずか曲るだろうという、誰も思いもかけなかった事実を、彼の理論の必然の結果として鉛筆のさきで割り出し、それ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・私たちに比べると、世間の人はそれこそしゃあしゃあしたもんや。私なんかそばではらはらするようなことでも平気や」おひろは珍らしく気を吐いた。「いつ見ても何となしぱっとしないようだな」「ぱっとできるようなら、今時分こんな苦労していませんよ・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫