・・・が、忌々しさを忘れるには、一しょに流された相手が悪い。丹波の少将成経などは、ふさいでいなければ居睡りをしていた。」「成経様は御年若でもあり、父君の御不運を御思いになっては、御歎きなさるのもごもっともです。」「何、少将はおれと同様、天・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ それより以前にも、垂仁紀を見ると、八十七年、丹波の国の甕襲と云う人の犬が、貉を噛み食したら、腹の中に八尺瓊曲玉があったと書いてある。この曲玉は馬琴が、八犬伝の中で、八百比丘尼妙椿を出すのに借用した。が、垂仁朝の貉は、ただ肚裡に明珠を蔵・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・すると今まで生徒と一しょに鉄棒へぶら下っていた、体量十八貫と云う丹波先生が、「一二、」と大きな声をかけながら、砂の上へ飛び下りると、チョッキばかりに運動帽をかぶった姿を、自分たちの中に現して、「どうだね、今度来た毛利先生は。」と云う。丹・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・さてこうなって考えますと、叔母の尼さえ竜の事を聞き伝えたのでございますから、大和の国内は申すまでもなく、摂津の国、和泉の国、河内の国を始めとして、事によると播磨の国、山城の国、近江の国、丹波の国のあたりまでも、もうこの噂が一円にひろまってい・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・……毎年顔も店も馴染の連中、場末から出る際商人。丹波鬼灯、海酸漿は手水鉢の傍、大きな百日紅の樹の下に風船屋などと、よき所に陣を敷いたが、鳥居外のは、気まぐれに山から出て来た、もの売で。―― 売るのは果もの類。桃は遅い。小さな梨、粒林檎、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 澄之は出た家も好し、上品の若者だったから、人も好い若君と喜び、丹波の国をこの人に進ずることにしたので、澄之はそこで入都した。 ところが政元は病気を時したので、この前の病気の時、政元一家の内うちうちの人だけで相談して、阿波の守護細川・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・そうして丹波の山奥から出て来た観覧者の目に映るような美しい影像はもう再び認める時はなくなってしまう。これは実にその人にとっては取り返しのつかない損失でなければならない。 このような人は単に自分の担任の建築や美術品のみならず、他の同種のも・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・しかし西洋で二年半暮して帰りに、シヤトルで日本郵船丹波丸に乗って久し振りに吸った敷島が恐ろしく紙臭くて、どうしてもこれが煙草とは思われなかった、その時の不思議な気持だけは忘れることが出来ない。しかしそれも一日経ったらすぐ馴れてしまって日本人・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 正面の築山の頂上には自分の幼少のころは丹波栗の大木があったが、自分の生長するにつれて反比例にこの木は老衰し枯死して行った。この絵で見ると築山の植え込みではつつじだけ昔のがそのまま残っているらしい。しかし絵の主題になっている紅葉は自分に・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・生まれは丹波の笹山の者なり。京にいでて一風の画を描出す。唐画にもあらず。和風にもあらず。自己の工夫にて。新裳を出しければ。京じゅう妙手として。皆まねをして。はなはだ流行せり。今に至りてはそれも見あきてすたりぬ。また江戸は奥州のかたへ属して。・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
出典:青空文庫