・・・けの事がありましてね、その事で、ちょっと、切ッつ、はッつもやりかねないといった勢で、だらしがないけども、私がさ、この稽古棒を槍、鉄棒で、対手方へ出向いたんでござんすがね、――入費はお師匠さん持だから、乗込みは、ついその銀座の西裏まで、円タク・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・しかる処へ、奥方連のお乗込みは、これは学問修業より、槍先の功名、と称えて可い、とこう云うてな。この間に、おりく茶を運ぶ、がぶりとのむ。 はッはッはッはッ。撫子弱っている。村越 いや、召使い……なんですよ。・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ 文は短けれど読みおわりて繰り返す時わが手振るい涙たばしり落ちぬ、今貴嬢にこの文を写して送らん要あらず、ただ二郎は今朝夜明けぬ先に品川なる船に乗り込みて直ちに出帆せりといわば足りなん。この身にはもはや要なき品なれば君がもとに届けぬ、君い・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 終戦になり、細君と女児を、細君のその実家にあずけ、かれは単身、東京に乗り込み、郊外のアパートの一部屋を借り、そこはもうただ、寝るだけのところ、抜け目なく四方八方を飛び歩いて、しこたま、もうけた。 けれども、それから三年経ち、何だか・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・朝とにかく上野駅から一番早く出る汽車、それはどこへ行く汽車だってかまわない、北のほうへ五里でも六里でも行く汽車があったら、それに乗ろうという事になって、上野駅発一番列車、夜明けの五時十分発の白河行きに乗り込みました。白河には、すぐ着きました・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・索が粗雑だし、教養はなし、ただ乱暴なだけで、そうして己れひとり得意でたまらず、文壇の片隅にいて、一部の物好きのひとから愛されるくらいが関の山であるのに、いつの間にやら、ひさしを借りて、図々しくも母屋に乗り込み、何やら巨匠のような構えをつくっ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・雨の中を駅前まで引き返し、自動車を見つけて、上諏訪、滝の屋、大急ぎでたのみます、と、ほとんど泣き声で言って、自動車に乗り込み、失敗、こんどの旅行は、これは、完全に失敗だったかも知れぬ、といても立っても居られぬほどの後悔を覚えた。 あのひ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・と言いながら危い足どりでその舟に乗り込み、「ちゃんとオールもございます。沼を一まわりして来るぜ。」騎虎の勢いである。「僕も乗ろう。」動きはじめたボートに、ひらりと父が飛び乗った。「光栄です。」と勝治が言って、ピチャとオールで水面をた・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 新築の市役所の前に青年団と見える一隊が整列して、誰かが訓示でもしているらしかったが、やがて一同わあっと歓声を揚げてトラックに乗込み風のごとくどこかへ行ってしまった。 三島の青年団によって喚び起された自分の今日の地震気分は、この静岡・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・たとえそれがみんなおとなしい紳士ばかりであっても、乗り込みに要する時間は人数と共に増す。もし下車する人を待たずに無理に押し入ろうとしたり、あるいは車掌と争ったりするようだとさらに停車時間は延長される。このようにして停留時間の延長した結果はど・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
出典:青空文庫