・・・彼は中学入学の予習をしているので、朝も早く、晩日が暮れてから遠い由比ヶ浜の学校から帰ってくるのだった。情愛のない、暗い、むしろ陰惨な世界だった。傷みやすい少年の神経は、私の予想以上に、影響されているようにも思われた。 十一月の下旬だった・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・「それではひとつ予習をしてみるかな。……どうかね、滑稽じゃないかね?……お前も羽織を着て並んでみろ」と、私は少し酒を飲んでいた勢いで、父の羽織や袴をつけて、こう弟に言ったりした。「何で滑稽だなんて。こんなあほらしいことばかし言ってる・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・自分の椅子に社長をすわらせたつもりにして、その前に帳簿を並べて説明とお世辞の予習をする。それが大きな声で滔々と弁じ立てるのでちっともおかしくなくて不愉快である。これが、もしか黙ってああしたしぐさだけをやっているのであったら見ている観客には相・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 喫茶店をやっている人が来て、近々その店を閉めて、子供の予習所にするという話をした。砂糖その他が高くなって、今まで十銭のコーヒーであったのを十五銭にしなければ合わなくなった。喫茶店で出すマッチね、あれは紙なしで――表紙に貼ってあるペーパ・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
出典:青空文庫