・・・ こんな周章ただしい忙がしい面会は前後に二度となかった。「ロスの奴滅茶々々かも解らん」とあたかも軍令部長か参謀総長でもあるかのようなプライドが満面に漲っていた。恐らくこの歓喜を一人で味ってられないで、周章てて飛んで来たのであろう。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・この手紙は牧師の二度と来ぬように、謂わば牧師を避けるために書く積りで書き始めたものらしい。煩悶して、こんな手紙を書き掛けた女の心を、その文句が幽かに照し出しているのである。「先日おいでになった時、大層御尊信なすっておいでの様子で、お話に・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そうなれば、もう二度と、この都会へはこられないばかりか、この景色を見ることもできないのだ。」 天使は、このにぎやかな都会を見捨てて、遠く、あてもなくゆくのを悲しく思いました。けれど、まだ自分は、どんなところへゆくだろうかと考えると楽しみ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・もしおまえさんが帰ったら、もう二度とここにはこられないだろう。そして、いままでよりか、もっといじめられるだろう……。」と、風はいったのであります。 雲は、また、まりに向かって、「もう、あなたは苦しいことを忘れたのですか。ここに、こう・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・あのころは随分私もお転婆だったが……ああ、もうあのころのような面白いことは二度とないねえ!」としみじみ言って、女はそぞろに過ぎ去った自分の春を懐かしむよう。「ははは、何だか馬鹿に年寄り染みたことを言うじゃねえか。お光さんなんざまだ女の盛・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・すると、あの人はにたっと笑ってもう二度とその言葉をくりかえさぬ。あれば貸すんだがと弁解すると、いや、構めへん、構めへんとあっさり言う。しかし、その何気ない言い方が、思いがけなく皆の心につき刺さるのだ。皆は自分たちの醜い心にはじめて思いあたり・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ もう二度と浮気はしないと柳吉は誓ったが、蝶子の折檻は何の薬にもならなかった。しばらくすると、また放蕩した。そして帰るときは、やはり折檻を怖れて蒼くなった。そろそろ肥満して来た蝶子は折檻するたびに息切れがした。 柳吉が遊蕩に使う金は・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・しかし吉田はもうどうすることもできないので、いきなりそれをそれの這入って来た部屋の隅へ「二度と手間のかからないように」叩きつけた。そして自分は寝床の上であぐらをかいてそのあとの恐ろしい呼吸困難に身を委せたのだった。 二・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・だから私も二度とお前達の厄介にはなるまいし。お前達も私のようなものは親と思わないが可い。その方がお前達のお徳じゃアないか」「母上さん。貴女は何故そんなことを急に被仰るのです」と自分は思わず涙を呑んだ。「急に言ったのが悪けりゃ謝まりま・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 一度通読しては二度と手にとらぬ書物のみ書庫にみつることは寂寞である。 自分の職能の専門のための読書以外においては、「物識り」にならんがために濫読することは無用のことである。識見は博きにこしたことはないが、そのためにしみじみと心して・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫