・・・ 言葉 あらゆる言葉は銭のように必ず両面を具えている。例えば「敏感な」と云う言葉の一面は畢竟「臆病な」と云うことに過ぎない。 或物質主義者の信条「わたしは神を信じていない。しかし神経を信じている。」・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・……この太鼓は、棒にて荷いつりかけたるを、左右より、二人して両面をかわるがわる打つ音なり、ドーン、ドーンドーン、ドーンと幽に響く。人形使 笙篳篥が、紋着袴だ。――消防夫が揃って警護で、お稚児がついての。あとさきの坊様は、香を・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・優れた芸術家は常に人生の両面を観ているのみならず、いつも敬虔の心と固い信念とを以て作を続けている。そうして其等の人たちは現実には楽しみもあれば苦しみもあり、またヨリ多くの苦痛のあることも知っているし、平和の姿もあれば争闘の姿もあるということ・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・されど、実体の両面たる物質と勢力とが構成し、仮現する千差万別・無量無限の形体にいたっては、常住なものはけっしてない。彼らすでに始めがある。かならず終りがなければならぬ。形成されたものは、かならず破壊されねばならぬ。成長する者は、かならず衰亡・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 其実体には固より終始もなく生滅もなき筈である、左れど実体の両面たる物質と勢力とが構成し仮現する千差万別・無量無限の個々の形体に至っては、常住なものは決してない、彼等既に始めが有る、必ず終りが無ければならぬ、形成されし者、必ず破壊されね・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・そうなったら――そこはすでに、両面に火の手をひかえており、後は海なので――何万人というひなん者は、まったく被服しょうのざん死者と同じように、ことごとく焼け死ぬか海へおちてでき死するかして、一人もたすからなかったはずです。 このことは、前・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・これは十目の見るところ、百聞、万犬の実、その夜も、かれは、きゅっと口一文字かたく結んで、腕組みのまま長考一番、やおら御異見開陳、言われるには、――おまえは、楯に両面あることを忘れてはいけません。金と銀と、二面あります。おまえは、この楯、ゴオ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ これらの著者の態度は一方から云えば不徹底で生煮えのようでもあるが、ものの両面を認識して全体を把握し、しかもすべての人間現象を事実として肯定した上で、可と不可とに対する考えをきめようとしているらしく思われる。この点がどこか吾々科学者の心・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・回想は歓喜と愁歎との両面を持っている謎の女神であろう。 ○ 七十になる日もだんだん近くなって来た。七十という醜い老人になるまで、わたくしは生きていなければならないのか知ら。そんな年まで生きていたくない。といって・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・の事を簡略の例で御話をするのでありますから、そのつもりでお聴きを願いますが、ここに一つの平面があって、それに他の平面が交叉しているとすると、この二つの平面の関係は何で示すかというと、申すまでもなくその両面の喰違った角度である。どっちが高いの・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫