・・・それは要するに五十歩百歩の差にすぎない」。この私の言葉に対して河上氏はいった、「それはそうだ。だから私は社会問題研究者としてあえて最上の生活にあるとは思わない。私はやはり何者にか申しわけをしながら、自分の仕事に従事しているのだ。……私は元来・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・けれども大船に救い上げられたからッて安心する二葉亭ではないので、板子一枚でも何千噸何万噸の浮城でも、浪と風との前には五十歩百歩であるように思えて終に一生を浪のうねうねに浮きつ沈みつしていた。 政治や外交や二葉亭がいわゆる男子畢世の業とす・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・もっとも、私とても五十歩百歩、二十八歳の青春を表現したとは言うまい。そんなことを言えば、嗤われる。ただ、私のしたことは、魂の故郷を失った文学に変な意義を見つけて、これこそ当代の文学なりと、同憂の士が集ってわいわい騒ぐことだけはまず避けたので・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・誠実にこの鴎外全集を編纂なされて居られるようですが、如何にせんドイツ語ばかりは苦手の御様子で、その点では、失礼ながら私と五十歩百歩の無学者のようであります。なんにも解説して居りません。これがまた小島氏の謙遜の御態度であることは明らかで、へん・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・少年にも似たる有頂天の姿には、いまだ愛くるしさも残りて在り、見物人も微笑、もしくは苦笑もて、ゆるしていたが、一夜、この子は、相手もあろに氷よりも冷い冷い三日月さまに惚れられて、あやしく狂い、「神も私も五十歩百歩、大差ござらぬ。あの日、三伏の・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・歴史上の遺蹟や古美術品の案内や紹介ならばともかく、科学上の権威においてはそのような ambiguity はあり得べからざる事ではないかという人があるだろうが、不幸にして科学上の事柄でも畢竟五十歩百歩である。 権威というのは元来相対的なも・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかしそれと五十歩百歩のいいかげんさは至るところにあるかもしれない。 五十年前に父が買った舶来のペンナイフは、今でも砥石をあてないでよく切れるのに、私がこのあいだ買った本邦製のはもう刃がつぶれてしまった。古ぼけた前世紀の八角の安時計が時・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・大きい根を尊重することを知らない経営者の下にあっては、いかなる制度の改革も、ついに五十歩百歩に過ぎないだろう。七 教養は培養である。それが有効であるためには、まず生活の大地に食い入ろうとする根がなくてはならぬ。 人々はあ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫