・・・ これは複雑の事を簡略の例で御話をするのでありますから、そのつもりでお聴きを願いますが、ここに一つの平面があって、それに他の平面が交叉しているとすると、この二つの平面の関係は何で示すかというと、申すまでもなくその両面の喰違った角度である・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・枝がななめに交叉します。一中隊はありますよ。義勇中隊です。」「やっぱりあんなでいいんですか。」「構いませんよ。それよりまああの梨の木どもをご覧なさい。枝が剪られたばかりなので身体が一向釣り合いません。まるで蛹の踊りです。」「蛹踊・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・雑誌のモードは、山に海にと、闊達自由な服装の色どりをしめし、野外の風にふかれる肌の手入れを指導しているけれども、サンマー・タイムの四時から五時、ジープのかけすぎる交叉点を、信号につれて雑色の河のように家路に向って流れる無数の老若男女勤め人た・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ ――入り給え! 入り給え!とやっている。電車は男を外へはみ出させたまんま動き出した。赤髭の男は、断然自分の肩と意志の力で段の上へわり込んだ。 交叉点では、黒の裾長外套を着た巡査が、赤い棒を鼻の先に上げたり下げたりして交通整理を・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ ゲルツェン通りが並木通りと交叉するニキートスキー門のところにはチミリャーゼフの記念像がたっている。像の台石のまわりには、赤、紫、白、夏の草花が植えこまれている。一九一七年の「十月」ここで激しい市街戦があった。今年は、フント一ルーブルの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・三四人、赤い布をかぶった女も下りたが、忽ち散ってしまって、日本女は自分の前に雨びしょびしょの暗い交叉点、妙な空地、その端っこに線路工夫の小舎らしい一つの黄色い貨車を見た。その屋根でラジオのアンテナが濡れながら光っている。空地の濡れた細い樹の・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・或日、交叉点よりの本屋によった。丁度、仕入れして来たばかりの主人が、しきりに、いろんな本を帳場に坐っている粋なおかみさんにしまわせている。「こんなのもいい本だが、何しろこう少なくちゃ仕様がない」 主人は、本やというよりもむしろ呉服屋・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・ * * * 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉させて、安楽椅子に仰向けに寝たように腰を掛けて・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・小川町の方へ歩いて行く間も、なお論じ続けた。日ごろになく木下が興奮しているように思えた。小川町の交叉点で――たしかそこで別れたように思うが――木下は腹立たしい心持ちを言葉に響かせてこう言った。 ――結局僕が Genumensch で、君・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・先生にとっては、最も重大なことはただ黙々の内に、瞳と瞳との一瞬の交叉の内に通ぜらるべきであった。従って先生は対話の場合かなり無遠慮に露骨に突っ込んで来るにかかわらず、問題が自分なり相手なりの深みに触れて来ると、すぐに言葉を転じてしまう。そう・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫