・・・ 譚は老酒に赤らんだ顔に人懐こい微笑を浮かべたまま、蝦を盛り上げた皿越しに突然僕へ声をかけた。「それは含芳と言う人だよ」 僕は譚の顔を見ると、なぜか彼にはおとといのことを打ち明ける心もちを失ってしまった。「この人の言葉は綺麗・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・何か副官の一人と話しながら、時々番付を開いて見ている、――その眼にも始終日光のように、人懐こい微笑が浮んでいた。 その内に定刻の一時になった。桜の花や日の出をとり合せた、手際の好い幕の後では、何度か鳴りの悪い拍子木が響いた。と思うとその・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・母親もそうだが、この大学生にもどこか内気に人懐こいようなところがあった。草を拉いで積み重ねた材木に腰かけ、職人達に蕎麥を振舞い、自分も食べた。「まずい蕎麥だなあ」「そりゃ市内からいらしっちゃ蕎麥や鮨は駄目です」「こんなのっきゃな・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫