・・・ 九 今朝五時頃に眼が覚めて床の上でうとうとしているとき妙なことを思い出した。子供の時分に姉の家に庫次という眇目の年取った下男が居た。それがある時台所で出入りの魚屋と世間話をしながら、刺身包丁を取り上げて魚屋・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・ 道太は今朝辰之助に電話をかけて、場所がないから、女連だけやることにした。後で二人ゆっくり行こうと言って断わっておいたけれど、お絹が勧めるので、やっぱり行くことにして、二階で著物を著かえて、下へ来ていた。お芳はまだ著かえなかった。 ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・善ニョムさんは、リュウマチの痛みが少し薄らいだそれよりもよっぽど尻骨の痛みがつよくなると、我慢にも寝ていられなくなった。善ニョムさんは今朝まだ息子達が寝ているうちから思案していた。――明日息子達が川端田圃の方へ出かけるから、俺ァひとつ榛の木・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・三日目の朝、われと隠士の眠覚めて、病む人の顔色の、今朝如何あらんと臥所を窺えば――在らず。剣の先にて古壁に刻み残せる句には罪はわれを追い、われは罪を追うとある」「逃れしか」と父は聞き、「いずこへ」と妹はきく。「いずこと知らば尋ぬる便・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・「まアいいじゃアありませんか。今朝はゆっくりなすッて、一口召し上ッてからお帰りなさいましな」「そうさね。どうでもいいんだけれど、何しろ寒くッて」「本統に馬鹿にお寒いじゃあありませんかね。何か上げましょうね。ちょいとこれでも被ッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・前夜の酒宴、深更に及びて、今朝の眠り、八時を過ぎ、床の内より子供を呼び起こして学校に行くを促すも、子供はその深切に感ずることなかるべし。妓楼酒店の帰りにいささかの土産を携えて子供を悦ばしめんとするも、子供はその至情に感ずるよりも、かえって土・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・昨夜も大勢来て居った友人(碧梧桐、鼠骨、左千夫、秀真、節は帰ってしもうて余らの眠りに就たのは一時頃であったが、今朝起きて見ると、足の動かぬ事は前日と同しであるが、昨夜に限って殆ど間断なく熟睡を得たためであるか、精神は非常に安穏であった。顔は・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・五月七日今朝父へ学校からの手紙を渡してそれからいろいろ先生の云ったことを話そうとした。すると父は手紙を読んでしまってあとはなぜか大へんあたりに気兼ねしたようすで僕が半分しか云わないうちに止めてしまった。そしてよく相談・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・「今朝の雪」は婦人雑誌のためにかいた作品で、柔軟なものであるけれども、文学報国会は理由を告げず年鑑作品集に入れることを拒んだ。作品を収録するからと云って、私に送らせたのに。 わたしの母は一九三四年六月に、歿した。わたしがその年の一月・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ 役所の令丁がその太鼓を打ってしまったと思うと、キョトキョト声で、のべつに読みあげた――『ゴーデルヴィルの住人、その他今日の市場に出たる皆の衆、どなたも承知あれ、今朝九時と十時の間にブーズヴィルの街道にて手帳を落とせし者あり、そのう・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫