・・・「先生、永々の御介抱、甚太夫辱く存じ申す。」――彼は蘭袋の顔を見ると、床の上に起直って、苦しそうにこう云った。「が、身ども息のある内に、先生を御見かけ申し、何分願いたい一儀がござる。御聞き届け下さりょうか。」蘭袋は快く頷いた。すると甚太夫は・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・前には正気を失っている所を、日本の看護卒が見つけて介抱してやった。今は喧嘩の相手が、そこをつけこんで打ったり蹴ったりする。そこであいつは後悔した上にも後悔しながら息をひきとってしまったのだ。」 山川技師は肩をゆすって笑った。「君は立・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ところがかれこれ一時間ばかりすると、茂作の介抱をしていた年輩の女中が、そっと次の間の襖を開けて、「御嬢様ちょいと御隠居様を御起し下さいまし。」と、慌てたような声で云いました。そこでお栄は子供の事ですから、早速祖母の側へ行って、「御婆さん、御・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・そうしてそのまわりを小屏風で囲んで、五人の御坊主を附き添わせた上に、大広間詰の諸大名が、代る代る来て介抱した。中でも松平兵部少輔は、ここへ舁ぎこむ途中から、最も親切に劬ったので、わき眼にも、情誼の篤さが忍ばれたそうである。 その間に、一・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・――もっともその折は同伴があって、力をつけ、介抱した。手を取って助けるのに、縋って這うばかりにして、辛うじて頂上へ辿ることが出来た。立処に、無熱池の水は、白き蓮華となって、水盤にふき溢れた。 ――ああ、一口、水がほしい―― 実際、信・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・七兵衛は口軽に、「とこう思っての、密と負って来て届かねえ介抱をしてみたが、いや半間な手が届いたのもお前の運よ、こりゃ天道様のお情というもんじゃ、無駄にしては相済まぬ。必ず軽忽なことをすまいぞ、むむ姉や、見りゃ両親も居なさろうと思われら、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・傷心した、かよわい令嬢の、背を抱く御介抱が願いたい。」 一室は悉く目を注いだ、が、淑女は崩折れもせず、柔な褄はずれの、彩ある横縦の微線さえ、ただ美しく玉に刻まれたもののようである。 ひとりかの男のみ、堅く突立って、頬を傾げて、女を見・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・……きっと御介抱申します。私はこういうものです。」 なふだに医学博士――秦宗吉とあるのを見た時、……もう一人居た、散切で被布の女が、P形に直立して、Zのごとく敬礼した。これは附添の雑仕婦であったが、――博士が、その従弟の細君に似たのをよ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・小宮山は一晩介抱を引受けたのでありまするから、まず医者の気になりますと物もいい好いのでありました。「姉さん、さぞ心細いだろうね、お察し申す。」「はい。」「一体どんな心持なんだい。何でも悪い夢は、明かしてぱッぱと言うものだと諺にも・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとかいう事は、どうしてもして遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手足も動かされなくなっているように、冷淡な心持をして、時の立つのを待って・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫