・・・誰でも少し物を考える力のある人ならすぐわかることだと思いますが、生産の大本となる自然物、すなわち空気、水、土のごとき類のものは、人間全体で使用すべきもので、あるいはその使用の結果が人間全体に役立つよう仕向けられなければならないもので、一個人・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・母も嫂もそういう心持になって居るから、民子に対する仕向けは、政夫のことを思うて居ても到底駄目であると遠廻しに諷示して居た。そこへきて民子が明けてもくれてもくよくよして、人の眼にもとまるほどであるから、時々は物忘れをしたり、呼んでも返辞が遅か・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・岡村が予に対した仕向けは、解ってるようで又頗る解らぬ所もある。恋は盲目だという諺もあるが、お繁さんに於ける予に恋の意味はない筈なれども、幾分盲目的のところがあったものか、とにかく学生時代の友人をいつまで旧友と信じて、漫に訪問するなどは警戒す・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・その度に彼女は悲しさや腹立しさが胸一ぱいに込み上げて来て、わざわざ養子夫婦のいやがるように仕向けて見たこともある。時には白いハンケチで鼠を造って、それを自分の頭の上に載せて、番頭から小僧まで集まった仕事場を驚かしたこともある。あんなことをし・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思います。はい、もう泣きませぬ。はい、はい・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・きっと誰かに、そう仕向けられているのでしょう。だから私は不憫だと言うのであります。 それでは学生本来の姿は、どのようなものであるか。それに対する答案として、私はシルレルの物語詩を一篇、諸君に語りましょう。シルレルはもっと読まなければいけ・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・専門的になるというのはほかの意味でも何でもない、すなわち自分の力に余りある所、すなわち人よりも自分が一段と抽んでている点に向って人よりも仕事を一倍にして、その一倍の報酬に自分に不足した所を人から自分に仕向けて貰って相互の平均を保ちつつ生活を・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・左れば今の女子を教うるに純然たる昔の御殿風を以てす可らざるは言うまでもなきことなれども、幼少の時より国字の手習、文章手紙の稽古は勿論、其外一切の教育法を文明日進の方針に仕向けて、物理、地理、歴史等の大概を学び、又家の事情の許す限りは外国の語・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・しかし、聰明な忠利は、憎いとは思いながら、何故彌一右衛門がそうなったかと考えると、それはつまり自分が仕向けたのだと気づかざるを得ない。しかも、そう気づきつつ改められないで、最期の床に横わった忠利に向って、幾度も殉死を願う阿部彌一右衛門の顔を・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・働く人民にとって、こういう風に互の一致を裂くように仕向けられているということは、十分注意しなければならない点である。 農民と都市の勤労者との間にも、同じような離間の方法がとられている。精根つくして自分で米をつくっている農民が、強制供出に・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
出典:青空文庫