・・・「まあせっかくだから、これはありがたく頂戴しておくが、これからはね、どうか一切こういうことはやめにして……それでないと、親類付合いに願うはずのがかえって他人行儀になるから……そう、親類付合いと言や」とお光を顧みて、「お前、お仙ちゃんの話・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・あまり三郎が他人行儀なのを見ると、時には私は思い切り打ち懲らそうと考えたこともあった。ところが、ちいさな時分から自分のそばに置いた太郎や次郎を打ち懲らすことはできても、十年他に預けて置いた三郎に手を下すことは、どうしてもできなかった。ある日・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この署長はひどく酒が好きで、私とはいい飲み相手で、もとから遠慮も何も無い仲だったのですが、その夜は、いつになく他人行儀で、土間に突立ったまま、もじもじして、「いや、きょうは、」と言い、「お願いがあって来たのです。」と思いつめたような口調・・・ 太宰治 「嘘」
・・・父はこのごろ、わが子の勝治に対して、へんに他人行儀のものの言いかたをするようになっていた。「僕は自分を、一流の芸術家のつもりでいるのだ。あんな書き損じの画が一枚でも市場に出たら、どんな結果になるか、君は知っていますか? 僕は芸術家です。名前・・・ 太宰治 「花火」
・・・く甘えることができず、心は慕っているのに、逆にかえって私は、まじめに、冷い返事などしてしまって、すると、あの人は、気むずかしく、私には、そのお気持がわかっているだけに、尚のこと、どぎまぎして、すっかり他人行儀になってしまいます。あの人にも、・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・堅くなり、他人行儀になり、生徒であった時の義務の感などが甦って来る。十三四から十八九迄、毎日見た顔、指導された心に対して、それほどの距離が、彼女と自分等との間には在る。 まるで教室にでもいるように、一斉に立って迎えた中を、辞儀と愛素よい・・・ 宮本百合子 「追想」
出典:青空文庫