・・・花壺の中の緑の仙人掌が庭にある。遠くの海に艦隊がきた。鼻眼鏡をつけ顎に髯のあるチェホフが、独身暮しの医者が、双眼鏡をとって海上の艦隊を眺める。 町では小歌劇、蚤の見世物。クニッペルがひらひらのついた流行型のパラソルをさしてそれを女優らし・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ ガラス張の屋内温室の、棕梠や仙人掌の間に籐椅子がいくつかあり、その一つの上に外国新聞がおきっぱなしになっている。人がいた様子だけあって、そこいらはしんとしている。 大階段の大理石の手すりにもたれて下をのぞいたら、表玄関が閉っていて・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・低い、影の蹲ったようないら草の彼方此方から、巨大な仙人掌がぬうっと物懶く突立っていた。 高さ十五呎もある其等の奇怪な植物は、広い砂漠の全面を被う墓標のように見えた。凝っと立ち、同化作用も営まない。―― そうかと思うと、彼等は俄に生き・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
出典:青空文庫