・・・折重なった人々がようやく二人を引分けた時は、佐藤は何所かしたたか傷を負って死んだように青くなっていた。仲裁したものはかかり合いからやむなく、仁右衛門に付添って話をつけるために佐藤の小屋まで廻り道をした。小屋の中では佐藤の長女が隅の方に丸まっ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・瀬古 夫婦喧嘩の仲裁なら僕がしてやるよ。戸部 よけいな世話だ。とも子 よけいなお世話よ。青島 気が強くなったなあ。花田 それどころじゃない。もうおっつけ九頭竜らがやってくる。おい若夫婦、おまえたちは今日は花形だか・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は他国から稼ぎに来てる男と馴れ合って逃げ出す所を村界で兄に抑えられたとか、小さな村に話の種が二つもでき・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・僕の妻は仲裁的に口を出した。「くれたもんを取り返しに来たの」「あまりだますから、おこったんだろう?」「だまされるもんが悪いのよ」「そう?」妻は自分の夫もだまされているのだと思ってきまりが悪くなったが、すぐ気を変えて、冷かし半・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・やがて二人で大立廻りをやって、女房は髪を乱して向いの船頭の家へ逃げこむやら、とうと面倒なことになったが、とにかく船頭が仲裁して、お前たちも、元を尋ねると踊りの晩に袖を引き合いからの夫妻じゃないか。さあ、仲直りに二人で踊れよおい、と五合ばかり・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・私は、仲裁してやった。この二少年の戦いの有様を眺めているのも楽しかったが、それよりも、今の私には、もっと重大な仕事があった。「熊本君。」と語調を改めて呼びかけ、甚だ唐突なお願いではあるが、制服と帽子を、こんや一晩だけ貸して下さるまいか、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ こうして書くと長たらしくなりますが、妻がお金を出して、それから火花がぱっぱっと散って、それから私が仲裁にはいって、妻がしぶしぶまた金をひっこめるまで五秒とかからなかったでしょう。実に電光の如く、一瞬のあいだの出来事でした。 私の観・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・どうしてかと聞いてみると、よくは分らないが、何か間違いでも仕出かして、一度出されかかったのを、定客か誰かの仲裁で、再び元通りになっていた。しかしやはり工合が悪くて、結局自分でよしてしまったのであるらしい。 この事件の内容については、それ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・旗幟の鮮明ならざること夥しい誰に聞いたって、そんな事が分るものか、さてもこの勝負男の方負とや見たりけん、審判官たる主人は仲裁乎として口を開いて曰く、日はきめんでもいずれそのうち私が自転車で御宅へ伺いましょう、そしていっしょに散歩でもしましょ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・啻に男女の間のみならず、男子と男子との争にも婦人の仲裁を以て波瀾を収めたるの例は、世人の常に見聞する所ならずや。畢竟女性和順の徳に依ることなるに、然るに今是等の事実をば打消し、不和不順を以て婦人の病と認むるが如き、立言の根拠既に誤るものと言・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫