・・・老年 ひとにすすめられて、「花伝書」を読む。「三十四五歳。このころの能、さかりのきはめなり。ここにて、この条条を極めさとりて、かんのうになれば、定めて天下にゆるされ、めいぼうを得つべし。若、この時分に、天下のゆるされも不足に・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・という水泳の伝書を読んでいたら、櫓業岩飛中返などに関する条項の中に「兼ねて飛びに自在を得る時は水ぎわまでの間にて充分敵を仕留めらるるものなり」とか、「船軍の節敵を組み落とし、水ぎわまでの間にて仕留めるという教えはよほど飛びに自在を得ざれば勝・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・たとえば世阿弥の「花伝書」や「申楽談義」などを見てもずいぶんおもしろいいろいろのものが発見さるるようである。日本人でゲーテやシェークスピアの研究もおもしろいが、しかし、ドイツ人がゲーテを研究したように、芭蕉その他の哲人を研究しなければ、日本・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ この鯨の絵巻物はおそらく昔の御鯨方に伝わった最貴重な伝書のようなものではなかったかと思う。この絵巻がそれから四十年の月日の間にどういう運命を閲したか、もしかこの『旅と伝説』の読者のうちで、かの地に縁故のある人でもいて、この貴重な文献の・・・ 寺田寅彦 「初旅」
出典:青空文庫