・・・ ――叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、将来の暮しに就いて、いろいろ御心配して下さってありがとうございます。けれども、私はこのごろ、私の将来の生活に就いて、少しも計画しなくなりました。虚無ではあり・・・ 太宰治 「新郎」
・・・という綴方は、池袋の叔母さんが、こんど練馬の春日町へお引越しになって、庭も広いし、是非いちど遊びにいらっしゃいと言われて私は、六月の第一日曜に、駒込駅から省線に乗って、池袋駅で東上線に乗り換え、練馬駅で下車しましたが、見渡す限り畑ばかりで、・・・ 太宰治 「千代女」
・・・ 女中は、四十ちかい叔母さんで、顔が黒く、痩せていて、それでも優しそうな感じのいい人であった。私は、その女中さんにお給仕されて、ひとりで、めしを大いに食べながら、「浪、という芸者がいないかね。」少しも、恥じずに、そう言った。美しい勇・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
あの日、朝から、雪が降っていたわね。もうせんから、とりかかっていたおツルちゃん(姪のモンペが出来あがったので、あの日、学校の帰り、それをとどけに中野の叔母さんのうちに寄ったの。そうして、スルメを二枚お土産にもらって、吉祥寺・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・重吉のほうでも自分らを叔父さん叔母さんと呼んでいた。二 重吉は学校を出たばかりである。そうして出るやいなやすぐいなかへ行ってしまった。なぜそんな所へ行くのかと聞いたら別にたいした意味もないが、ただ口を頼んでおいた先輩が、行っ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ こないだこの次のお祭りの日に町の叔母さんのところへおよばれだって云ってたじゃないの。 今日はそれで行ったのよ、ね? そうじゃあなくって。C そう云えばそうねえ、ほんとに。 私もうすっかり忘れて居たわ。 じゃあ、もう・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・そのほか、このグループの中にはハリー・バーネー卿があり、詩人のクラッフがおり、クリミヤへも一緒に行ったメー叔母さんもあった。そして、三十年以上彼女の最も緊密な秘書として働いたサザーランド博士があった。当時の社会が婦人の登場を許していなかった・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ ダーリヤが、縁取りの三分の二も進んだ頃、やっと下で、「叔母さん」と呼ぶ、アーニャの細い、神経質な声がした。「やっと来た!」 ずしり、ずしり降りてゆき、マリーナが、「迷児にでもなったんだろう? 馬鹿だから……ふーむ、・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫