・・・ 仰せを蒙った三右衛門は恐る恐る御前へ伺候した。しかし悪びれた気色などは見えない。色の浅黒い、筋肉の引き緊った、多少疳癖のあるらしい顔には決心の影さえ仄めいている。治修はまずこう尋ねた。「三右衛門、数馬はそちに闇打ちをしかけたそうじ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・……当日は伺候の芸者大勢がいずれも売出しの白粉の銘、仙牡丹に因んだ趣向をした。幇間なかまは、大尽客を、獅子に擬え、黒牡丹と題して、金の角の縫いぐるみの牛になって、大広間へ罷出で、馬には狐だから、牛に狸が乗った、滑稽の果は、縫ぐるみを崩すと、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・――中にも爾く端麗なる貴女の奥殿に伺候するに、門番、諸侍の面倒はいささかもないことを。 寺は法華宗である。 祖師堂は典正なのが同一棟に別にあって、幽厳なる夫人の廟よりその御堂へ、細長い古畳が欄間の黒い虹を引いて続いている。……広い廊・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろうと想像し、敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社員を鴎外の仮寓に伺候せしめた。ところが社員は恐る恐る刺を通じて早・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・学海翁は硬軟兼備のその頃での大宗師であったから、門に伺候して著書の序文を請うものが引きも切らず、一々応接する遑あらざる面倒臭さに、ワシが序文を書いたからッて君の作は光りゃアしない、君の作が傑作ならワシの序文なぞはなくとも光ると、味も素気もな・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・屋の上で鴟の鳴くのは飯綱の法成就の人に天狗が随身伺候するのである意味だ。旋風の起るのも、目に見えぬ眷属が擁護して前駆するからの意味である。飯綱の神は飛狐に騎っている天狗である。 こういう恐ろしい飯綱成就の人であった植通は、実際の世界にお・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・なおなはなだしきは公に旧君の名をもって旧家来の指令を仰ぎ、私にその宅に伺候して依托することもあらん。 また、四民同権の世態に変じたる以上は、農商も昔日の素町人・土百姓に非ずして、藩地の士族を恐れざるのみならず、時としては旧領主を相手取り・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫