・・・座附女優諸嬢の妖艶なる湯上り姿を見るの機を得たのもこの時を以て始めとする。但し帝国劇場はこの時既に興行十年の星霜を経ていた。 わたしはこの劇場のなおいまだ竣成せられなかった時、恐らくは当時『三田文学』を編輯していた故であろう。文壇の諸先・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・のみならず磨ぎながら乱暴な歌を平気でうたっていると云う事が、同じく十五六分の所作ではあるが、全篇を活動せしむるに足るほどの戯曲的出来事だと深く興味を覚えたので、今その趣向そのままを蹈襲したのである。但し歌の意味も文句も、二吏の対話も、暗窖の・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・疏外するが如きは、即ち之を虐待し之を侮辱することにして、破約加害の大なるものなれば、被害者たる婦人が正々堂々の議論以て其罪を責むるは、契約の権利を護るの法にして、固より嫉妬の痴情に駆らるゝものに非ず。但し其これを議論するに声色を温雅にするは・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 既に優美を貴ぶと言えば、遊芸は自から女子社会の専有にして、音楽は勿論、茶の湯、挿花、歌、誹諧、書画等の稽古は、家計の許す限り等閑にす可らず。但し今の世間に女学と言えば、専ら古き和文を学び三十一文字の歌を詠じて能事終るとする者なきに非・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 直線いほ及びいへは無限に延長せられたるものとし直角ほいへの内は無限大の競技場たるべし。但し実際は本基にて打者の打ちたる球の達する処すなわち限界となる。いろはには正方形にして十五間四方なり。勝負は小勝負九度を重ねて完結する者にして小・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・っと手短かに云いますともし人間が自然と相談して牛肉や豚肉の代りに何か損にならないものをよこして呉れと云えば今よりもっとたくさんの人間が生きて行かれる位多くの喰べものを向うではよこすと斯う云うことです。但しこれは海産物と廃物によって養う分の家・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・出来上りの形、方法こそ異っても、おしゃれをする女性の心持は東西同じで手間をかけたら両方結局同じものでしょう、但し個性的であるだけ洋風が優っています。 2、自分は人手をからず好な形に又簡単に結べる束髪のみにしています。〔一九二三年四月・・・ 宮本百合子 「日本髷か束髪か」
・・・それは母って云う人は一体理性のかった人で(但し恐っ(可愛そうで泣きたいように私の思う事でも世の中にはたんとあるこったものと云う人であるに引きかえ、私は泣きたければすぐ泣く、笑いたければすぐ笑う。私の感情はすぐに顔や口振にあらわれて来る。だか・・・ 宮本百合子 「妙な子」
・・・ * * * 話は川桝と云う料理店での出来事である。但しこの料理店の名は遠慮して、わざと嘘の名を書いたのだから、そのお積りに願いたい。 そこで川桝には、この話のあった頃、女中が十四五人いた。それ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・と云うものを書いて、これも文芸委員会へ出して置いた。但しビイルショウスキイは「ウルファウスト」を知って「ウルマイステル」を知らなかった。「ウルマイステル」はビイルショウスキイが死んだ後に発見せられたからである。そこで私の作者伝の中で、ウィル・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫