・・・立花は夢心地にも、何等か意味ありげに見て取ったので、つかつかと靴を近けて差覗いたが、ものの影を見るごとき、四辺は、針の長短と位地を分ち得るまでではないのに、判然と時間が分った。しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明にその・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・その中に泰興の季因是という、相当の位地のある者が廷珸に引かかった。 季因是もかねて唐家の定窯鼎の事を耳にしていた。勿論見た事もなければ、詳しい談を聞いていたのでもない。ただその名に憧れて、大した名物だということを知っていたに過ぎない。廷・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使われていた人ですが、その持前の才能一つで、とうとう議政官の位地まで上ったのでした。この人のおかげでシラキュースは急にどんどんお金持になり、島中のほかの殖民地に比べて、一ばん勢力のある町になりま・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・そうだとすると、震源の位地を一小区域に限定する事はおそらく絶望でありまた無意味であろう。観測材料の選み方によって色々の震源に到達するはむしろ当然の事ではあるまいか。今回地震の本当の意味の震源を知るためには今後専門学者のゆっくり落着いた永い間・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・その不便を感ずる種類や程度はもちろん人々の位地や職業によっていろいろであろうが、不便ということに異議はなさそうである。しかしそれらの不便がどれだけ根本的な性質のものでどれだけ我慢のしきれない種類のものかという事は、少しゆっくり考えてみなけれ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・それは、日本という国土が気候学的、地理学的によほど特殊な位地にあるからである。日本の本土はだいたいにおいて温帯に位していて、そうして細長い島国の両側に大海とその海流を控え、陸上には脊梁山脈がそびえている。そうして欧米には無い特別のモンスーン・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ 以上の譬喩は拙ではあるが、ルクレチウスが現代科学に対して占める独特の位地を説明する一助となるであろう。 誤解のないために繰り返して言う。ルクレチウスのみでは科学は成立しない。しかしまたルクレチウスなしには科学はなんら本質的なる進展・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・るならば、木村博士の功績に応じて、他の学者もまた適当の名誉を荷うのが正当であるのに、他の学者は木村博士の表彰前と同じ暗黒な平面に取り残されて、ただ一の木村博士のみが、今日まで学者間に維持せられた比較的位地を飛び離れて、衆目の前に独り偉大に見・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・我々の方が強ければあっちこっちの真似をさせて主客の位地を易えるのは容易の事である。がそう行かないからこっちで先方の真似をする。しかも自然天然に発展してきた風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるよりほかに仕方がない・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・したがって評家としての余の位地を高めんがためにこの篇を草したのではない。時間の許す限り世の評家と共に過去を研究して、出来得る限りこの根拠地を作りたいと思う。思うについては自分一人でやるより広く天下の人と共にやる方がわが文界の慶事であるから云・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫