・・・これもやっと体得して見ると、畢竟腰の吊り合一つである。が、今日は失敗した。もっとも今日の失敗は必ずしも俺の罪ばかりではない。俺は今朝九時前後に人力車に乗って会社へ行った。すると車夫は十二銭の賃銭をどうしても二十銭よこせと言う。おまけに俺をつ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・んで身の重きを感じたツァラツストラのように、張り切った日蓮は、ついに建長五年四月二十八日、清澄山頂の旭の森で、東海の太陽がもちいの如くに揺り出るのを見たせつなに、南無妙法蓮華経と高らかに唱題して、彼の体得した真理を述べ伝えるべく、立教開宗し・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・わかり切った感想ですが、でも、これだけの事を体得するのに、三十四年かかりました。」「お若い頃の作品を、いま読みかえして、どんな気がしますか。」「むかしのアルバムを、繰りひろげて見ているような気がします。人間は変っていませんが、服装は・・・ 太宰治 「一問一答」
・・・散髪を怠らず、学問ありげな、れいの虚無的なるぶらりぶらりの歩き方をも体得して居た筈でありますし、それに何よりも泥酔する程に酒を飲まぬのが、決定的にこの男を上品な紳士の部類に編入させているのであります。けれども、悲しいかな、この男もまた著述を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・永い眼で、ものを見る習性をこそ体得しよう。甲斐なく立たむ名こそ惜しけれ。なんじら断食するとき、かの偽善者のごとく、悲しき面容をすな。キリストだけは、知っていた。けれども神の子の苦悩に就いては、パリサイびとでさえ、みとめぬわけにはいかなかった・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・として平凡に住み、そうして何か深いものを体得した人の言葉に、期待するより他は、ありません。私の三人の知人は、心から満洲を愛し、素知らぬ振りして満洲に住み、全人類を貫く「愛と信実」の表現に苦闘している様子であります。・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・「おや、あなたは妙な言葉を体得していますね。ふてくされ。ああ、ごめんだ。あなたと仲間になるなんて! とこう言い切るとあなたのほうじゃ、すぐもうこっちをポンチにしているのだからな。かなわんよ」「それは、君だって僕だってはじめからポンチ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・T君は、ダットサン運転の技術を体得していたので、そのトラックの運転台に乗っていた。私は、人ごみのうしろから、ぼんやり眺めていた。「兄さん」いつの間にか私の傍に来ていた妹が、そう小声で言って、私の背中を強く押した。気を取り直して、見ると、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ほんとうの教養人というものは、自然に、象徴というものを体得しているようである。馬鹿な議論をしない。二階の窓から、そとを通るひとをぼんやり見ている。そうして、私たちのように、その人物にしつこい興味など持たない。彼は、ただ見ている。猫が、だるそ・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
・・・この少女も、もはや無意識にその特性を体得していやがる、といまいましく思っているうちに、少女は傍のテエブルから、もの憂げに牛乳の瓶を取りあげ、瓶のままで静かに飲みほした。はっと気附いた。病身。あれだ、あの素晴らしいからだの病後の少女だ。ああ、・・・ 太宰治 「美少女」
出典:青空文庫