・・・ほどなく、かまきりになる法をも体得したけれど、これはただその姿になるだけのことであって、べつだん面白くもなんともなかった。 惣助はもはやわが子に絶望していた。それでも負け惜みしてこう母者人に告げたのである。な、余りできすぎたのじゃよ。太・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 最も意外に感じた事は自分が比較的によく体験し体得しているつもりでいた専門の学問上の知識の中にもよくよく吟味してみると怪しい部分が続々発見された。他人の研究を記述した論文を如何によく精読したところで、その研究者自身の頭の中まで潜り込む事・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・長い修練によってそれをすっかり体得した上で、始めて自分自身の考えを運ぶ道具にする事ができる。 数学でも、ただ教科書や講義のノートにある事がらを全部理解しただけではなかなか自分の用には立たない。やはりいろいろな符号の意味をすっかり徹底的に・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・これはおそらくひとわたりの教えとしては修辞学の初歩においても説かれうることであろうが、それを実際にわが物として体得するためには芭蕉一代の粉骨の修業を要したのである。 流行の姿を備えるためには少なくも時と空間いずれか、あるいは両方の決定が・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・三吉にちゃんとしたボル理論を体得させようというのだろう。小野が東京へでてハッキリとアナーキストとして活動しはじめ、故郷へその影響を及ぼしはじめたのと、その正反対の道なのだ。三吉は梯子段にうつむいたまま、ふちなし眼鏡も、室からさしている電灯の・・・ 徳永直 「白い道」
・・・相手を研究し相手を知るというのは離れて知るの意でその物になりすましてこれを体得するのとは全く趣が違う。幾ら科学者が綿密に自然を研究したって、必竟ずるに自然は元の自然で自分も元の自分で、けっして自分が自然に変化する時期が来ないごとく、哲学者の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・それなども、つまりはそれらの女性たちが方程式の形だのでは可成りの科学知識を与えられているのに、教育のうちに肝心の科学精神を何も体得させられていないために、実験室があるわけでもない日々の暮しの中では、その知識も死物となって行くのだろうと思う。・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・それは、作家自身の生活の大衆化であり、作家自身の大衆の一員としての生活感情の現実的な体得である。思うに、今日の現実生活のうちで、真に人間として、芸術家として自分の生き方を考え、求めている作家たちならば、自分たちの境遇がインテリゲンツィアとし・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・ 久内が、父の山下などと茶の湯をやる、茶の湯の作法を、横光は丹念に書いて「戦乱の巷に全盛を極めて法を確立させた利休の心を体得することに近づきたいと思っている」久内の安心立命、模索の態度を認め、更に「わが国の文物の発展が何といっても茶法に・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・レーニン的党派性に鍛えられることによって、同志小林は、複雑、矛盾するこの世の諸現象を根源に横たわる、社会的階級的相関関係において把握することを体得し、即ち真理をより正確にとらえ得るに到っていたのである。 同志貴司山治は『改造』四月号の「・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
出典:青空文庫