・・・因みに大阪で志賀山流の名取は尚子さん唯一人、尚子さんは放送局の文芸部へ勤められる余暇を、舞の手の記録に捧げておられる。志賀山流の伝統保存のためであることは言うまでもない。――こんな話を、私は三ちゃんに語ったのである。・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
・・・まして勉強の余暇に恋愛をたのしめというような卑俗な意味ではない。恋愛には恋愛のモラルと法則とがある。その意味では「学校を落第してまでは恋愛をせぬ」というモットーは理想主義のものでなくして、散文主義のものである。イデアリストの青年にあっては、・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・花の好きな末子は茶の間から庭へ降りて、わずかばかりの植木を見に行くことにも学校通いの余暇を慰めた。今の住居の裏側にあたる二階の窓のところへは、巣をかけに来る蜂があって、それが一昨年も来、去年も来、何か私の家にはよい事でもある前兆のように隣近・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・社の余暇を盗んで書いたので意を尽せないところが多いだろうが、折り返し、御返事をまちます。武蔵野新聞社、学芸部、長沢伝六。太宰治様。追伸、尚原稿書き直して戴ければ、二十五日までで結構だ。それから写真を一枚、同封して下さい。いろいろ面倒な御願い・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・あらゆる心と肉の労働者もその労働の余暇にこれらの「自然の音」に親しんでもらいたい。そういう些細な事でもその効果は思いのほかに大きいものになる事がありはしまいか。少なくもそれによって今の世の中がもう少し美しい平和なものになりはしまいか。 ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ そうかと言って、自分でこのような大問題をどうにかしようという非望を企てるわけにも行かないわけであるが、それでもただやみがたい好奇心から、余暇あるごとに少しずつ、だんだんに手近い隣接国民の語彙を瞥見する事になり、それが次第次第に西漸して・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・然し自分の考ではもう少し書いた上でと思って居たが、書肆が頻りに催促をするのと、多忙で意の如く稿を続ぐ余暇がないので、差し当り是丈を出版する事にした。 自分が既に雑誌へ出したものを再び単行本の体裁として公にする以上は、之を公にする丈の価値・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・あるいは千円の歳入を六百円に減じ、質素に家を支えて兼ねて余暇を取り、子を教うるの機会はなきや。この機会を得んとしてかつて試みたることありや。甚だ疑うべし。 また口実に云く、家に余財なきにあらず、身に余暇なきにあらざれども、如何せん、才学・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・家族二人。余暇有。十八歳以上。給。面談。』 広告は幸応えられた。 二日経って広告が掲載されると其朝、さほ子は、間誤付をかくした真面目な顔付で、一人の娘を食事部屋に案内した。 広告を見て来た其娘は、二十前後で、細そりした体つき・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・日本の生活とは違い、交際も多く、用事も多いながら、建築や、日常風俗の影響から、一日に少くとも午後数時間の余暇は持ち得るあちらの生活では、遣ろうと思えば余技的な研究はいくらでも出来ます。その時間を利用して仕事を持続する丈で満足と思う人ならば簡・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫