・・・「さっき、何だか奥の使いに行きました。――良さん。どこだか知らないかい?」「神山さんか? I don't know ですな。」 そう答えた店員は、上り框にしゃがんだまま、あとは口笛を鳴らし始めた。 その間に洋一は、そこにあっ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・昔から士農工商というが、あれは誠と嘘との使いわけの程度によって、順序を立てたので、仕事の性質がそうなっているのだ。ちょっと見るとなんでもないようだが、古人の考えにはおろそかでないところがあるだろう。俺しは今日その商人を相手にしたのだから、先・・・ 有島武郎 「親子」
・・・一人の少い方は、洋傘を片手に、片手は、はたはたと扇子を使い使い来るが、扇子面に広告の描いてないのが可訝いくらい、何のためか知らず、絞の扱帯の背に漢竹の節を詰めた、杖だか、鞭だか、朱の総のついた奴をすくりと刺している。 年倍なる兀頭は、紐・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・た性質で、――客の前へ出ては内気で、無愛嬌だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、火鉢の前に坐って、目を離さず、その長い頤で両親を使いまわしている。前年など、かかえられて・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・というは馬喰町の郡代屋敷へ訴訟に上る地方人の告訴状の代書もすれば相談対手にもなる、走り使いもすれば下駄も洗う、逗留客の屋外囲の用事は何でも引受ける重宝人であった。その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「叔母さんのお使いで、どうもすみません。」と、年子はいいました。窓から、あちらに遠くの森の頂が見えるお教室で、英語を先生から習ったのでした。 きけば、先生は、小さい時分にお父さんをおなくしになって、お母さんの手で育ったのでした。だか・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・「おいらはそんなことを言わなくたって、お上さんにゃしょっちゅう小使いを貰ってらあ」「ちょ! 芝居気のねえ野郎だな」と独言ちて、若衆は次の盤台を洗い出す。 しばらくするとまた、「こう三公」「何だね? 為さん」「そら、こない・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そして、がたがたやっていると、腕を使いすぎたので、はげしく咳ばらいが出た。その音のしずまって行くのを情けなくきいていると、部屋のなかから咳ばらいの音がきこえた。私はあわてて自分の部屋に戻った。 咳というものは伝染するものか、それとも私を・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・(魔法使いの婆さんがあって、婆さんは方々からいろ/\な種類の悪魔を生捕って来ては、魔法で以て悪魔の通力を奪って了う。そして自分の家来にする。そして滅茶苦茶にコキ使う。厭なことばかしさせる。終いにはさすがの悪魔も堪え難くなって、婆さんの処・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・も一つは新らしい筆記帳の使いはじめ字を書き損ねたときのことです。筆記帳を捨ててしまいたくなるのです。そんなことを思い出した末、私はその年少の友の反省の為に、大切に使われよく繕われた古い器具の奥床しさを折があれば云って見たいと思いました。ひび・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫