・・・そして、戦争がすんで三年目のきょうの日本では、例年の二倍もはげしい雷雨でびしゃびしゃな駅の構内に、つめかけた群集で徹夜のさわぎをしている。汽車の切符は二倍半にあがる。タバコがあがる。公定価格のすべてがあがる。物価の一一〇倍にたいして、労働賃・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・ 焼跡にかこまれたその界隈は、初冬のしずけさも明るさも例年とはちがったひろさで感じられた。夜になると、田端の汽車の汽笛が、つい間近にきこえて来た。「久しぶりで、たっぷり炭をおこしてあげたいけれど、あんまりのぞみがないわ」「いいさ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・日比谷公園では例年のとおり菊花大会をやっています。用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織に爪皮のかかった下駄ばきで、菊花大会会場と立札の立っている方の小道へ歩いて行きました。・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・今年の三月八日は、例年にもまして、日本の婦人が人民の立場で、すべての不幸の源であるさまざまの形のファシズム、労働法改悪、大量のくび切りなどに対して闘ってゆく決心を新らしくする日だと思います。 この目的のためには、職場の婦人、家庭の婦人、・・・ 宮本百合子 「求め得られる幸福」
・・・ 本年の夏は、例年東京の炎天をしのぎ易くする夕立がまるきりなかった。屋根も土も木も乾きあがって息づまるような熱気の中を、日夜軍歌の太鼓がなり響き、千人針の汗と涙とが流れ、苦しい夏であった。長谷川時雨さんの出しておられるリーフレットで、『・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・殉死する本人や親兄弟妻子は言うまでもなく、なんの由縁もないものでも、京都から来るお針医と江戸から下る御上使との接待の用意なんぞはうわの空でしていて、ただ殉死のことばかり思っている。例年簷に葺く端午の菖蒲も摘まず、ましてや初幟の祝をする子のあ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 今年の暮には、西丸にいた大納言家慶と有栖川職仁親王の女楽宮との婚儀などがあったので、頂戴物をする人数が例年よりも多かったが、宮重の隠居所の婆あさんに銀十枚を下さったのだけは、異数として世間に評判せられた。 これがために宮重の隠居所・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫