・・・ いきなり卓子の上へショオルだの、信玄袋だのがどさどさと並びますと、連の若い男の方が鉄砲をどしりとお乗せなすった。銃口が私の胸の処へ向きましたものでございますから、飛上って旦那様、目もくらみながらお辞儀をいたしますると、奥様のお声で、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そのうち弟は兄のかなり廃物めいた床の間の信玄袋に眼をつけて、「兄さんの荷物はそれだけなんですか?」と、何気ない気で訊ねた。「そうだ」と、耕吉は答えるほかなかった。そして、それで想いだしたがといった風で上機嫌になって、「じつはね、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・と庄屋の下婢は、いつもぽかんと口を開けている、少し馬鹿な庄屋の息子に、叮嚀にお辞儀をして、信玄袋を受け取った。 おきのは、改札口を出て来る下車客を、一人一人注意してみたが、彼女の息子はいなかった。確かに、今、下車した坊っちゃん達と一緒に・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・そこでふだん着や、襦袢や足袋など散らかっているものを集めて、信玄袋に入れ、帰る仕度をした。「おや、君も暇が出たんか?」宇一が手を拭き乍ら這入って来た。「うむ。……君もか?」「……やちもないことになった。賃銀も呉れやせずじゃないか・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ああ、信玄袋というものもこの世にまだ在った。故郷を追われて来たというのか。 青年たちは、なかなかおしゃれである。そうして例外なく緊張にわくわくしている。可哀想だ。無智だ。親爺と喧嘩して飛び出して来たのだろう。ばかめ。 私は、ひとりの・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・小さなバスケットや信玄袋の中から取り出した残りものの塩せんべいやサンドウイッチを片付けていた生徒たちの一人が、そういうものの包み紙を細かく引き裂いては窓から飛ばせ始めると、風下の窓から手を出してそれを取ろうとするものが幾人も出て来た。窓ぎわ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・古びた信玄袋を振って、出かけてゆく姿を、仙二は嫌悪と哀みと半ばした気持で見た。「ほ、婆さま真剣だ。何か呉れそうなところは一軒あまさずっていう形恰だ」 明後日村を出かけるという日の夕方近く、沢や婆は、畦道づたいに植村婆さまを訪ねた。竹・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
出典:青空文庫