・・・それはそんな教会が信者を作るのに躍起になっていて、毎朝そんな女が市場とか病院とか人のたくさん寄って行く場所の近くの道で網を張っていて、顔色の悪いような人物を物色しては吉田にやったのと同じような手段でなんとかして教会へ引っ張って行こうとしてい・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・中にも念仏信者の地頭東条景信は瞋恚肝に入り、終生とけない怨恨を結んだ。彼は師僧道善房にせまって、日蓮を清澄山から追放せしめた。 このときの消息はウォルムスにおけるルーテルの行動をわれわれに髣髴せしめる。「道善御房は師匠にておはし・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 亡くなった青年が耶蘇信者であったということを、高瀬はその日初めて知った。黒い布を掛け、青い十字架をつけ、牡丹の造花を載せた棺の側には、桜井先生が司会者として立っていた。讃美歌が信徒側の人々によって歌われた。正木未亡人は宗教に心を寄せる・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 宿の本館に基督教信者の団体が百人ほど泊っていた。朝夕に讃美歌の合唱が聞こえて、それがこうした山間の静寂な天地で聞くと一層美しく清らかなものに聞こえた。みんな若い人達で婦人も若干交じっていた。昔自分達が若かった頃のクリスチャンのよう・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・われわれは先祖代々の宗教を守っているのに、土人の中には少し金ができるとすぐイギリス人のまねをして耶蘇信者になるのがある、あれはいけない、どの宗教でもつまり中身は同じで、悪い事をすな、ズーグードと言うだけの事だ、などと一人で論じていた。ヴィク・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・それを問題にするのはただ一部の科学者と、それから古風な宗教の信者とだけである。いちばん仲の悪いはずの科学者と信者とがここだけで握手しているのはおもしろい現象である。 同じ雑誌に、米国のある飛行家が近ごろペルーの山中を空中から探険してたく・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・彼ら当局者は無神無霊魂の信者で、無神無霊魂を標榜した幸徳らこそ真の永生の信者である。しかし当局者も全く無霊魂を信じきれぬと見える、彼らも幽霊が恐いと見える、死後の干渉を見ればわかる。恐いはずである。幸徳らは死ぬるどころか活溌溌地に生きている・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・するとその人が大の耶蘇信者だからたまらない。滔々と神徳を述べ立てた。まことに品の善い、しとやかな御婆さんだ。しかる処 evolution と云う字を御承知ですかと聞かれた。「世の中の事は乱雑で法則がないようですがよく御覧になると皆進化の道理・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
余は真宗の家に生れ、余の母は真宗の信者であるに拘らず、余自身は真宗の信者でもなければ、また真宗について多く知るものでもない。ただ上人が在世の時自ら愚禿と称しこの二字に重きを置かれたという話から、余の知る所を以て推すと、愚禿・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・法華信者が偏頗心で法華に執着する熱心、碁客が碁に対する凝り方、那様のと同様で、自分の存在は九分九厘は遊んでいるのさ。真面目と云うならば、今迄の文学を破壊する心が、一度はどうしても出て来なくちゃならん。 だから私の態度は……私は到底文学者・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫