・・・それは自分の思想感情を、多少自由に表白することが出来るようになったところから、思想感情のありのまゝを伝える素直な純真な文章ではもの足らなくなって、強いて文字の面を修飾し誇張しようとする弊である。 修飾や誇張は、その人の思想感情が真に潤沢・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・しかし、そういう僻説を少しも修飾することなしにそのままに記録するということが、かえって賢明なる本講座の読者にとってはまた特殊の興味があるかと思うので、なんら他を顧慮することなくして、年来の所見をきわめて露骨に、しかも無秩序に羅列したまでであ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・先生は海鼠腸のこの匂といい色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せてい・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・千鶴子は、どこかぎこちなく修飾した言葉つきでそれ等を訴えながら、細面の顔をうつむけ、神経的に爪先や手を動した。「私――どんな仕事をしてもいいと決心しているんですけれど――」 はる子は、「ふうむ」とうなった。「今急に心当り・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・には農村の生活、作物に対する農民の心配と小兎との関係が、人間の側の心持から、写実的に、簡素に修飾すくなくうたわれているのが私達の注目をひく。「うぐひす」には、これまでの詩の華麗流麗な綾に代る人生行路難の暗喩がロマンティックな用語につつまれつ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・この姿を外にして私達一般人の人生はないのであるのに、それが抹殺されて、何のためにマダム・バタアフライのサクラ・バナやゲイシャや、フジサンのみを卑屈に修飾して提供しなければならないのであろうか。人民戦線が勝利して以来、フランス出版物の輸入をき・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・彼は真に我々を驚歎させ又沈思させる意志と忍耐力と情熱とで、その生活の波濤をよく持ちこたえ、芸術活動は修飾ない巨大な労働であることを理解し、現実の社会を夥しい小説の中に再現しようとしたのであった。 一八三一年から終焉の二年前、最後の作とな・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・このことは、文芸家協会の納金低下にも現れ、修飾のない実際問題として一部の作家のダンピング的執筆を惹き起している。新進作家の経済的困難は誰でも大っぴらに語る状態である。荒木巍氏が、最近出版された小説集の印税代りに、出版書肆からスキー道具一式を・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・『煉瓦女工』の作者は、いかにも修飾なく「ガラクタ部落」と自分から呼んでいる生活の周囲を描き出している。非常に達筆に描き出している。そういう環境の中でやりとりされる言葉が生活そのもののむき出しであると同様むき出しである、それが反映した迫力・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
・・・自分ではひどく不満足に思っているが、率直な、一切の修飾を却けた秀麿の記述は、これまでの卒業論文には余り類がないと云うことであった。 丁度この卒業論文問題の起った頃からである。秀麿は別に病気はないのに、元気がなくなって、顔色が蒼く、目が異・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫