・・・ おじさんは目を俯せながら、わざと見まもったようにこういった。「見えやしない、なにもないじゃないか、どこなのだね。」「知らない。」「まあさ。」「乳の少し傍のところ。」「きれいだな、眉毛を一つ剃った痕か、雪間の若菜……・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・…… 下の谷間に朝霧が漂うて、アカシアがまだ対の葉を俯せて睡っている、――そうした朝早く、不眠に悩まされた彼は、早起きの子供らを伴れて、小さなのは褞袍の中に負ぶって、前の杉山の下で山笹の筍など抜いて遊んでいる。「お早うごいす」 ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 五日目から四日目に移るは俯せたる手を翻がえす間と思われ、四日目から三日目に進むは翻がえす手を故に還す間と見えて、三日、二日より愈戦の日を迎えたるときは、手さえ動かすひまなきに襲い来る如く感ぜられた。「飛ばせ」とシーワルドはウィリアムを・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫