・・・これを称して当代の珍と云う、敢て首肯せざるものは皆偏に南瓜を愛するの徒か。 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・――幼い私は、人界の茸を忘れて、草がくれに、偏に世にも美しい人の姿を仰いでいた。 弁当に集った。吸筒の酒も開かれた。「関ちゃん――関ちゃん――」私の名を、――誰も呼ぶもののないのに、その人が優しく呼んだ。刺すよと知りつつも、引つかんで声・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・…… どの道、巌の奥殿の扉を開くわけには行かないのだから、偏に観世音を念じて、彼処の面影を偲べばよかろう。 爺さんは、とかく、手に取れそうな、峰の堂――絵馬の裡へ、銑吉を上らせまいとするのである。 第一可恐いのは、明神の拝殿の蔀・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・これ偏に国土の恩を報ぜん為めなり。」 これが日蓮の国家三大諫暁の第一回であった。 この日蓮の「国土の恩」の思想はわれわれ今日の日本の知識層が新しく猛省して、再認識せねばならぬものである。われわれは具体的共同体、くにの中に生を得て、そ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・これは偏に鰥居の賜だといわなければならない。 ○ 森鴎外先生が『礼儀小言』に死して墓をつくらなかった学者のことが説かれている。今わたくしがこれに倣って、死後に葬式も墓碣もいらないと言ったなら、生前自ら誇って学者・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ぐうたらなツルゲーネフが「全生涯を通じて、少年時代の自由の信念を忠実に持し得たのは偏にヴィアルドオ夫人のおかげである」。 たださえ「力よりも寧ろ優美さにおいてまさる」文章をかくツルゲーネフが、上述のような生活環境にあって、作中に女の人物・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・その社としては懐古的な意味をもった催しであったが、主幹に当る人はそのテーブル・スピーチで今日社が何十人かの人々を養って行くことが出来るのも偏に前任者某氏の功績である云々と述べた。今日に当って某誌が日本の文化を擁護しなければならぬ義務の増大し・・・ 宮本百合子 「微妙な人間的交錯」
出典:青空文庫