・・・でなく、路傍の藪でなく、寺の屋根でもなく、影でなく、日南でなく、土の凸凹でもなく、かえって法廷を進退する公事訴訟人の風采、俤、伏目に我を仰ぎ見る囚人の顔、弁護士の額、原告の鼻、検事の髯、押丁等の服装、傍聴席の光線の工合などが、目を遮り、胸を・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そいつは聞きものだぜひ傍聴したいものだと言って座を構えた。見ればみんな二通三通ずつの書状を携えている。 その仕組みがおもしろい、甲の手紙は乙が読むという事になっていて、そのうちもっともはなはだしい者に罰杯を命ずるという約束である。『もっ・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 演説を傍聴さしてもらうぞ」 支那人、朝鮮人たち、労働者が、サヴエート同盟の土を踏むことをなつかしがりながら、大きな露西亜式の防寒靴をはいて街の倶楽部へ押しかけて行った。 十一月七日、一月二十一日には、労働者たちは、河を渡ってやって・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・その公判すら傍聴を禁止された今日にあっては、もとより、十分にこれをいうの自由はもたぬ。百年ののち、たれかあるいはわたくしに代わっていうかも知れぬ。いずれにしても、死刑そのものはなんでもない。 これは、放言でもなく、壮語でもなく、かざりの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 私が如何にして斯る重罪を犯したのである乎、其公判すら傍聴を禁止せられた今日に在っては、固より十分に之を言うの自由は有たぬ。百年の後ち、誰か或は私に代って言うかも知れぬ、孰れにしても死刑其者はなんでもない。 是れ放言でもなく、壮語で・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・そこへ来ると、傍聴に来ているどの母たちも首をのばして、耳をすました。 そっちから派遣されてきたオルグの、懲役五年を求刑されていた黒田という人は、立ち上って、「裁判長がそのような問いを発すること自体が、われ/\*****を**するものであ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 裁判長、傍聴人、弁護士たちでさえ、すこぶる陽気に笑いさざめいた。被告は坐ったまま、ついにその日一日おのれの顔を両手もて覆っていた。夜、舌を噛み切り、冷くなった。乱麻を焼き切る 小説論が、いまのように、こんぐらかって来る・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 大学へはいったらぜひとも輪講会に出席するようにと、高等学校時代に田丸先生友田先生からいい聞かされていたから、一年生の頃からその会の傍聴に出席して、片隅で小さくなって聞いていた。話は六かしくて大抵は分からなかったが、ほんのわずかばかり分・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・議会の傍聴に連れて行ってやろうというのである。自動車をそこに待たしてあるという。 あまり自慢にならない事であるが、自分はまだこの年までつい一度も帝国議会というものを見た事がなかった。別に見たくないという格段の理由がある訳でもなんでもない・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・という口実で自分もどうしても傍聴に出るのだと主張する。そうして大団円における池田君の運命の暗雲を地平線上にのぞかせるのである。そこへおあつらえ通り例の夕刊売りが通りかかって、それでもう大体の道具立ては出来たようなものである。これでこの芝居は・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫