・・・ 老紳士は傲然とした調子で、本間さんの語を繰返した。そうして徐にパイプの灰をはたき出した。「そうです。見たのでなければ。」 本間さんはまた勢いを盛返して、わざと冷かに前の疑問をつきつけた。が、老人にとっては、この疑問も、格別、重・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・彼はピストルを手にしたまま、傲然とこう独り語を言った。――「ナポレオンでも蚤に食われた時は痒いと思ったのに違いないのだ。」 或左傾主義者 彼は最左翼の更に左翼に位していた。従って最左翼をも軽蔑していた。 無意・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それが二人の支那人を見ると、馬の歩みを緩めながら、傲然と彼に声をかけた。「露探か? 露探だろう。おれにも、一人斬らせてくれ。」 田口一等卒は苦笑した。「何、二人とも上げます。」「そうか? それは気前が好いな。」 騎兵は身・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・思うにこの田中君のごときはすでに一種のタイプなのだから、神田本郷辺のバアやカッフェ、青年会館や音楽学校の音楽会兜屋や三会堂の展覧会などへ行くと、必ず二三人はこの連中が、傲然と俗衆を睥睨している。だからこの上明瞭な田中君の肖像が欲しければ、そ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・そこで車を留めたが、勿論、拝む癖に傲然たる態度であったという。それもあとで聞いたので、小県がぞッとするまで、不思議に不快を感じたのも、赤い闖入者が、再び合掌して席へ着き、近々と顔を合せてからの事であった。樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と確乎として、謂う時病者は傲然たりき。 お貞はかの女が時々神経に異変を来して、頭あたかも破るるがごとく、足はわななき、手はふるえ、満面蒼くなりながら、身火烈々身体を焼きて、恍として、茫として、ほとんど無意識に、されど深長なる意味あ・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ その時尉官は傲然として俯向けるお通を瞰下しつつ、「吾のいうことには、汝、きっと従うであろうな。」 此方は頭を低れたるまま、「いえ、お従わせなさらなければ不可ません。」 尉官は眉を動かしぬ。「ふむ。しかし通、吾を良人・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ 蝦蟇法師は流眄に懸け、「へ、へ、へ、うむ正に此奴なり、予が顔を傷附けたる、大胆者、讐返ということのあるを知らずして」傲然としてせせら笑う。 これを聞くより老媼はぞっと心臓まで寒くなりて、全体氷柱に化したる如く、いと哀れなる声を発し・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・あるいは、とばかり疑いしが、色にも見せずあくまで快げに装いぬ。傲然として鼻の先にあしらうごとき綱雄の仕打ちには、幾たびか心を傷つけられながらも、人慣れたる身はさりげなく打ち笑えど、綱雄はさらに取り合う気色もなく、光代、お前に買って来た土産が・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「わかるさ。」傲然と言うのである。瀬川先生の説に拠ると、大隅君は感覚がすばらしくよいくせに、表現のひどくまずい男だそうだが、私もいまは全くそのお説に同感であった。 けれども、やがて、上の姉さんが諏訪法性の御兜の如くうやうやしく家宝の・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫