・・・「じゃすぐに入院でも、させて見ちゃいかがでしょう?」 慎太郎は険しい顔をしたまま、始めて話に口を挟んだ。博士はそれが意外だったように、ちらりと重そうなまぶたの下から、慎太郎の顔へ眼を注いだ。「今はとても動かせないです。まず差当り・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「多加ちゃんが悪いんだよ。入院させなければならないんだとさ」自分は床の上に起き直った。きのうのきょうだけに意外な気がした。「Sさんは?」「先生ももう来ていらっしゃるんだよ、さあさあ、早くお起きなさい」伯母は感情を隠すように、妙にかたくなな顔・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・そして四つと三つと二つとになるお前たちを残して、十月末の淋しい秋の日に、母上は入院せねばならぬ体となってしまった。 私は日中の仕事を終ると飛んで家に帰った。そしてお前達の一人か二人を連れて病院に急いだ。私がその町に住まい始めた頃働いてい・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ ――前略、当寺檀那、孫八どのより申上げ候。入院中流産なされ候御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下され度候趣、さて、ここに一昨夕、大夕立これあり、孫八老、其の砌某所墓地近くを通りかかり候折から、天地晦・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ だって、はじめッから入院さしたッて、どうしたッて、いけないッて見離しているんですもの。今ン処じゃただもう強いお薬のせいで、ようよう持っていますんですとね、ね、十滴ずつ。段々多くするんですッて。」 青き小き瓶あり。取りて持返して透し・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・井上眼科病院で診察してもらったら、一、二箇月入院して見なければ、直るか直らないかを判定しにくいと言ったとか。 かの女は黒い眼鏡を填めた。 僕は女優問題については何も言わなかった。 十二、三歳の女の子がそとから帰って来て、「姉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、手紙で知らして来た容子に由ると、その後も続いて沼南の世話になっていたらしく、中国辺の新聞記者となったのも沼南の口入なら、最後に脚気か何かの病気でドコかの病院に入院して終に死んでしまった病院費用から死後の始末まで万端皆沼南が世話をしてやっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・未産婦で乳癌になるひとは珍らしいと、医者も不思議がっていた。入院して乳房を切り取ってもらった。退院まで四十日も掛り、その後もレントゲンとラジウムを掛けに通ったので、教師をしていた間けちけちと蓄めていた貯金もすっかり心細くなってしまい、寺田は・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・命が惜しければ入院しなさいと言われた。あわてて入院した。 附添いのため、店を構っていられなかったので、蝶子はやむなく、店を閉めた。果物が腐って行くことが残念だったから、種吉に店の方を頼もうと思ったが、運の悪い時はどうにも仕様のないもので・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・それが切っ掛けで腹膜になり、大学病院へ入院した。手術後ぶらぶらしているうちに、胸へ来た。医者代が嵩む一方、店は次第にさびれて行った。まるで嘘のように客が来なかった。このままでは食い込むばかりだと、それがおそろしくなりたまりかねてひそかに店を・・・ 織田作之助 「雪の夜」
出典:青空文庫