・・・経験に富んだ活動家を失ってからの仕事は内外とも実にむずかしく、稲子さんも私も全力をつくして階級的に正常なものであると考えられる方向に向って行動するために努力したのであったが、客観的な結果としてはそれが十分の一も具体化されない状態であった。・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・そんなにはっきり幸福の具体的な解決が社会と個人とのいきさつの間に、その社会全体の進歩において見出されると分っているのなら、何故人間はさっさと万億人の希望であるその幸福をうち立ててゆくために全力をつくし合わないのだろうか、と。 私たちが近・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・それが差別がありながら、銘々が全力を尽して安いよいものをつくってゆく。人を使うのにも安くてよい人を使おうという競争がない。なぜないかといえば、人間は生きる以上は働く権利があるのですから、働く権利が根本的に守られていれば、自分の能力を良心的に・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・帝国主義の侵略戦争を世界のプロレタリアートの党は全力をもってその国のプロレタリア解放のために有利に展開させなければならない。が、この作品競技でその事業の具体的な困難さを理解しているものはまるで少なかったのである。 ファシストの手先となっ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・小説としてよいかわるいかとにかく全力的に書いたことだけ自分にわかって居ると申す工合です。いずれにせよ、「小祝の一家」よりはよいのだから、私はあなたにあれしかよんでいただけないのが大変残念なわけです。 ところで、十三日は母の命日故、一睡も・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・これは十九のとき漢学に全力を傾注するまで、国文をも少しばかり研究した名残で、わざと流儀違いの和歌の真似をして、同窓の揶揄に酬いたのである。 仲平はまだ江戸にいるうちに、二十八で藩主の侍読にせられた。そして翌年藩主が帰国せられるとき、供を・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・全世界を震撼させたナポレオンの一個の意志は、全力を挙げて、一枚の紙のごとき田虫と共に格闘した。しかし、最後にのた打ちながら征服しなければならなかったものは、ナポレオン・ボナパルトであった。彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・独特な所もなければ新しい所もない。全力を集中した技巧に過ぎない。すべてレトリック、すべて外形的。彼の情熱は緩き音楽の調子によって動き、角々のきまりとなり、永く引き伸ばしたことばに終わる。この劇的雄弁術を演技だと考えていた吾人は、デュウゼが新・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・特に藤村が全力を集注して書いた数篇の長篇は、くり返して読むに価する滋味に富んだものである。またくり返して読ませるだけの力を持った作品である。 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・そして電光のように時おり苦患を中断する歓喜の瞬間をば、成長の一里塚として全力をもってつかまねばならぬ。 苦患のゆえに生を呪うものは滅べ。生きるために苦患を呪うものは腐れ。二 ショペンハウェルの哲学は苦患の生より生い出る絶・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫