・・・「いいえ、保証人から全快までは、と厳格にたのまれてあります。」ただ、飼い放ち在るだけでは、金魚も月余の命、保たず。いつわりでよし、プライドを、自由を、青草原を! 尚、ここに名を録すにも価せぬ……のその閨に於ける鼻たかだかの手柄話に就いて・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・果せるかな、その夜から微熱が出て、きのうは寝たり起きたり、けさになっても全快せず、まだ少し頭が重いそうで蒲団の中で鬱々としている。あまり、人の作品の悪口を言うと、こんな具合いに風邪をひくものである。「いかがです、お加減は。」と言って母が・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そこへ大正十二年の大震災が襲って来て教室の建物は大破し、崩壊は免れたが今後の地震には危険だという状態になったので、自分の病気が全快して出勤するようになったときは、もう元の部屋にははいらず、別棟の木造平屋建の他教室の一室に仮り住いをすることに・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・その処方通りにしたら数日にしてこの厄介な奇病もけろりと全快した、というのである。この患者は生れてその日までまだ米の飯というものを喰ったことがなかったという話であった。 小松の若先生でも楠先生でも、もし無事だったらまだ生きておられてもいい・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・車屋のばあさんなどは「もうスッカリ御全快だそうで」と、ひとりできめてしまって、そっとふところから勘定書きを出して「どうもたいへんに、お早く御全快で」と言う。医者の所へ行って聞くと、よいとも悪いとも言わず、「なにしろちょうど御姙娠中ですからね・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・もっとも四十二の暮から自分で病気に罹って今でもまだ全快しない。この病気のために生じた色々な困難や不愉快な事がないではなかったが、しかしそれは厄年ではなくても不断に私につきまとっているものとあまり変らない程度のものであった。それでともかくも生・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・「それを心配するから迷信婆々さ、あなたが御移りにならんと御嬢様の御病気がはやく御全快になりませんから是非この月中に方角のいい所へ御転宅遊ばせと云う訳さ。飛んだ預言者に捕まって、大迷惑だ」「移るのもいいかも知れんよ」「馬鹿あ言って・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・夫にして仮初にも人情あらば、離縁は扨置き厚く看護して、仮令い全快に至らざるも其軽快を祈るこそ人間の道なれ。若しも妻の不幸に反して夫が癩病に罹りたらば如何せん。妻は之を見棄てゝ颯々と家を去る可きや。我輩に於ては甚だ不同意なり。否な記者先生も或・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・いずれお正月にでもなりましたら旦那様も御全快になりますでしょうから、お二人様でおいでいただきましょうと仰云いました」「ふむ。――」 彼は仰向いて枕についている眼の端から、れんを見た。もう行ってよいのか悪いのか判断しかねて、厚い木綿に・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・姉上の御全快と御幸福をおいのりいたします。そして最後に「これにてペンにブレーキをかけます」この純真な若者は、次兄の出征の留守、トラックを運転しているのだ。思わず笑い、同時に胸がいっぱいになる。深く動かされた。 一月○日 今、夜の・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
出典:青空文庫