・・・その頃は普通の貸本屋本は大抵読尽して聖堂図書館の八文字屋本を専ら漁っていた。西洋の物も少しは読んでいた。それ故、文章を作らしたらカラ駄目で、とても硯友社の読者の靴の紐を結ぶにも足りなかったが、其磧以後の小説を一と通り漁り尽した私は硯友社諸君・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・二葉亭はこの『小説神髄』に不審紙を貼りつけて坪内君に面会し、盛んに論難してベリンスキーを揮廻したものだが、私は日本の小説こそ京伝の洒落本や黄表紙、八文字屋ものの二ツ三ツぐらい読んでいたけれど、西洋のものは当時の繙訳書以外には今いったリットン・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・最初の晩、ごはんのお給仕に出た女中は二十七八歳の、足を外八文字にひらいて歩く、横に広いからだのひとでした。眼が細く小さく、両頬は真赤でおかめの面のようでありました。何を考えているのか、どういう性格なのか、よくわからないような人でありました。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・なお彼は、文政十年、十六歳の春より人に代筆せしめ稽古日記を物し始めたが、天保八年、二十六歳になってからは、平仮名いろは四十八文字、ほかに数字一より十まで、日、月、同、御、候の常用漢字、変体仮名、濁点、句読点など三十個ばかり、合わせても百字に・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫