・・・胸元から大きな丸いものがこみ上げて来る様な臭いの眠り薬、恐しげに光る沢山の刃物、手術のすみきらない内に、自然と眠りが覚めかかってうめいた太い男の声、それから又あの手を真赤にして玩具をいじる様に、人間の内実をいじって居た髭むじゃな医者の顔、あ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ところが、その内実が明らかになった時「ラップ」とソヴェト大衆とは、この階級的なスキャップ団の清掃のために少なからぬ時間と精力とを費した。彼等の工業化は、彼等の反革命的目的にかぶせた仮面であった。富農の勢力拡大と階級擁護のために、そのような名・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・一つの国が民主憲法をもち、民主的行政機構をもち、民主的労働組合と文化をもち、すべては民主的な表現で話されていて、内実は、ポツダム宣言の急速な裏切りと戦争挑発とファシズムの東洋の露店がつくられつつあるとすれば、その国の人民のおかれた愚弄の位置・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ 観念的な用語の上では一見非常に手がこんでいるように見えて、内実は卑俗なものへの屈従であるような現実把握の芸術化の過程に於ける分裂は、その頃「癩」「獄」等によって作家としての活動を始めた島木健作の芸術にも独自な姿で反映している。 石・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・で、ベルクナアが示したような表面の技法で、内実は父権制のもとにある家庭の娘、戸主万能制のもとにある妻、母の、つながれた女の昔ながらの傷心が物を云っているところにある。女の過ちの実に多くが、感情の飢餓から生じている。その点にふれて見れば、女の・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・ 表面上は立派に自由の権利を持って居る様では有るけれ共、内実は、まるでロシアの農奴の少し良い位で地主の畑地を耕作して、身内からしぼり出した血と膏は大抵地主に吸いとられ、年貢に納め残した米、麦、又は甘藷、馬鈴薯、蕎麦粉などを主要な食料にし・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・バルザックは、パリの大群集に自身もその一人として混って、笑顔をもって行われ、内実は血を噴くような悪計、音もなく新聞にもかかれぬ深刻な悲劇が、二六時中起って消えつつあるのを経験し、総てそれらの悲喜劇こそは「万人の渇望する金銭」をめぐっての事件・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・この賢さが、実質においては現代ブルジョア・インテリゲンツィアの婦人が進歩的な外見にかかわらず、内実強力に抑圧をうけている封建性そのものへの屈伏であることを、作者はそれを正面からとりあげなかったことによって明瞭にせず、同時にこの屈従は宿命的な・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
・・・ 図書館に勤めるようになった一人の若い作家志望の女が、その一見知識的らしい職業が、内実は無味乾燥で全く機械的な資本主義社会の経営事務であることを経験し、そこの官僚的運転の中で数多い若い男女の人間が血の気を失い、精神の弾力を失ってゆくのを・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・封書へはる一枚の切手の値があがることは、既に生計費がその幾層倍かの率で高価になっていることを示したし、同時にそれは、日本の権力者たちが、ますます内実の苦しい、勝味のない侵略戦争を押しひろげて行ったことを示したのであった。 三銭で手紙が出・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
出典:青空文庫