・・・彼は内心冷ひやしながら、捜すように捜さないようにあたりの人々を見まわしていた。 するとたちまち彼の目は、悠々とこちらへ歩いて来るお嬢さんの姿を発見した。彼は宿命を迎えるように、まっ直に歩みをつづけて行った。二人は見る見る接近した。十歩、・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ 洋一は内心ぎょっとした。と同時にあの眼つきが、――母を撲とうとした兄の眼つきが、はっきり記憶に浮ぶのを感じた。が、そっと兄の容子を見ると、兄は遠くへ眼をやりながら、何事もないように歩いていた。―― そんな事を考えると、兄がすぐに帰・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そッときいて、……内心恐れた工料の、心づもりよりは五分の一だったのに勢を得て、すぐに一体を誂えたのであった。――「……なれども、おみだしに預りました御註文……別して東京へお持ちになります事で、なりたけ、丹、丹精を抽んでまして。」 と・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 最も臆病に、最も内心に恐れておった自分も、側から騒がれると、妙に反撥心が起る。殊更に落ちついてる風をして、何ほど増して来たところで溜り水だから高が知れてる。そんなにあわてて騒ぐに及ばないと一喝した。そうしてその一喝した自分の声にさえ、・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ては談話の興を思い客去っては幽寂を新にする、秋の夜などになると興味に刺激せられて容易に寐ることが出来ない、故に茶趣味あるものに体屈ということはない、極めて細微の事柄にも趣味の刺激を受くるのであるから、内心当に活動して居る、漫然昼寝するなどと・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・しかし、この利口ではあるが小癪な娘を、教えてやっているが、僕は内心非常に嫌いであった。年にも似合わず、人の欠点を横からにらんでいて、自分の気に食わないことがあると、何も言わないで、親にでも強く当る。「気が強うて困ります」とは、その母が僕・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・面白ずくに三馬や京伝や其磧や西鶴を偉人のように持上げても、内心ではこの輩が堂々たる国学または儒林の先賢と肩を列べる資格があるとは少しも思っていなかった。渠らの人物がどうのこうのというよりはドダイ小説や戯曲を尊重する気がしなかった。坪内逍遥や・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・、その日の書生は風采態度が一と癖あり気な上に、キビキビした歯切れのイイ江戸弁で率直に言放すのがタダ者ならず見えたので、イツモは十日も二十日も捨置くのを、何となく気に掛ってその晩、ドウセ物にはなるまいと内心馬鹿にしながらも二、三枚めくると、ノ・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・草は、内心大いに安堵していたのであります。もう、このくらい大きくなれば、太陽にすがらなくともいい、青木が冬の間我慢をしていたように、私も我慢のできないことはないと思いました。「青木の木さん、あなたはどんな花をお咲きなのですか。」と、草は・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・ 達ちゃんは、秀公が、どんな自分の困ることをいいだすだろうと、内心びくびくしていたのですが、なにこれくらいのことなら、そう恥ずかしくないと安心したのでした。そして秀公の、やさしいのに感心し、またありがたくも感じたのであります。 お姉・・・ 小川未明 「二少年の話」
出典:青空文庫