・・・高校生に憧れて簡単にものにされる女たちを内心さげすんでいたが、しかし最後の三日目もやはり自信のなさで体が震えていた。唄ってくれと言われて、紅燃ゆる丘の花と校歌をうたったのだが、ふと母親のことを頭に泛べると涙がこぼれた。学資の工面に追われてい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・実は内心唸っていたのだ。が、いつまでもお千鶴のことを立ち話にきくのも変だと、すぐ話をかえて、「――ところで、お前の方は、いまどうしているんだい?」 と、きくと、「――薬屋をしているんです」「――へえ?」 驚いた顔へぐっと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あなたが作ったのかと、内心私は彼女の残酷さに舌を巻きながら尋ねて見ると、それは大学の医科の小使が作ってくれたというのである。私は医科の小使というものが、解剖のあとの死体の首を土に埋めて置いて髑髏を作り、学生と秘密の取引をするということを聞い・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・『それはそうとして君、それから僕は内心すこぶる慙かしく思ったから、今度は大いに熱心になって画きだしたが、ほぼできたから巻煙草を出して吸い初めたら、それまで老爺さん黙って見ていたが、何と思ったか、まじめな顔で、その絵をくれないかと言いだし・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・日暮すこともあり、自分の性質の特色ともいうべき温和な人なつこいところは殆ど消え失せ、自分の性質の裏ともいうべき妙にひねくれた片意地のところばかり潮の退た後の岩のように、ごつごつと現われ残ったので、妻が内心驚ろいているのも決して不思議ではない・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ その内心に私を蔵する者は予言者たり得ない。そのたましいに「天」を宿さぬものは予言者たり得ない。予言者は天意の代弁者であり、その権威に代わる者だからである。 その同時代と、大衆への没落的の愛を抱かぬ者も予言者たり得ない。そのカラーを・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・――しかし、内心では、何等の心配をも感じてはいない。ばかりでなく、むしろ清々していた。気にかかるのは、師団長にどういう報告書を出すか、その事の方が大事であった。 一週間探した。しかし、行衛は依然として分らなかった。少佐は、もうそのことは・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・けれども、それも、大隊長の内心の幸福を妨げなかった。「ユフカは、たしかに司令官閣下の命令通り、パルチザンばかりの巣窟でありました――そう云います。」 活溌な伝令が、出かける前、命令を復唱した、小気味のよい声を隊長は思い出していた。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・に於て取られた言語体の文章は其組織や其色彩に於いて美妙君のの一派とは大分異っていた為、一部の人々をして言語体の文章と云うものについて、内心に或省察をいだかしめ、若くは感情の上に或動揺を起さしめた点の有った事は、小さな事実には過ぎなかったにせ・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・調子が出て来た、と内心ほくほくしている。「やたらに煩瑣で、そうして定理ばかり氾濫して、いままでの数学は、完全に行きづまっている。一つの暗記物に堕してしまった。このとき、数学の自由性を叫んで敢然立ったのは、いまのその、おじいさんの博士でありま・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫