「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」 藤井と云う弁護士は、老酒の盃を干してから、大仰に一同の顔を見まわした。円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者である。場所・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 我ら会員はホップ夫人とともに円卓をめぐりて黙坐したり。夫人は三分二十五秒の後、きわめて急劇なる夢遊状態に陥り、かつ詩人トック君の心霊の憑依するところとなれり。我ら会員は年齢順に従い、夫人に憑依せるトック君の心霊と左のごとき問答を開始し・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・「フランシス」「ベルナルドーネの若い騎士」「円卓子の盟主」などと声々に叫び立てながら、はぐれた伴侶を探しにもどって来た。彼らは広場の手前まで来た。そして彼らの方に二十二、三に見える一人の青年が夢遊病者のように足もともしどろに歩いて来るのを見・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・大連が一台ずつ、黒塗り真円な大円卓を、ぐるりと輪形に陣取って、清正公には極内だけれども、これを蛇の目の陣と称え、すきを取って平らげること、焼山越の蠎蛇の比にあらず、朝鮮蔚山の敵軍へ、大砲を打込むばかり、油の黒煙を立てる裡で、お誓を呼立つるこ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・河を隔てて木の間隠れに白くひく筋の、一縷の糸となって烟に入るは、立ち上る朝日影に蹄の塵を揚げて、けさアーサーが円卓の騎士と共に北の方へと飛ばせたる本道である。「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈る憂き身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・懸想されたるブレトンの女は懸想せるブレトンの男に向って云う、君が恋、叶えんとならば、残りなく円卓の勇士を倒して、われを世に類いなき美しき女と名乗り給え、アーサーの養える名高き鷹を獲て吾許に送り届け給えと、男心得たりと腰に帯びたる長き剣に盟え・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 四 妹の百代、下の悌、忠一、又従兄の篤介、陽子まで加ったのでふき子の居間は満員であった。円卓子を中心にして、奥の箪笥の前にふき子が例の緑色椅子にいる。忠一が持って来たクラシックを熱心に繰っていた。となりに、百・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・紅いシクラメンの鉢の載って居る円卓子がある。窓枠が古いので一月の日光とともに室内を空気が流れた。シクラメンの花がゆれるのでそれがわかる。鉢の側――右腕に肩から白毛糸のショールを巻きつけ、仰向いた胸の上にのせた手帖へ、東洋文字を縦に書いて居る・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ここには円卓会議がある。ここではみんなが自分を率直に表現している。そのことによって、ひとを発見し、それぞれにちがいをもちながら共通なよりよい人生への志向を発見するのだ。 わたしたちがきょう青年の生の記録として、「きけわだつみのこえ」と「・・・ 宮本百合子 「小さい婦人たちの発言について」
・・・弾機もない堅い椅子が四五脚、むき出しの円卓子の周囲に乱雑に置いてあった。その一つを腰の下に引きよせるや否や、ブーキン夫人は新しい勢いで云いだした。「レオニード・グレゴリウィッチ、どうか貴方、可哀そうなマリーナ・イワーノヴナの忠実な騎士に・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫