・・・ しばらくの後、そこには絹を張ったような円錐形の嚢が一つ、眩いほどもう白々と、真夏の日の光を照り返していた。 蜘蛛は巣が出来上ると、その華奢な嚢の底に、無数の卵を産み落した。それからまた嚢の口へ、厚い糸の敷物を編んで、自分はその上に・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・『その時は日がもうよほど傾いて肥後の平野を立てこめている霧靄が焦げて赤くなってちょうどそこに見える旧噴火口の断崖と同じような色に染まった。円錐形にそびえて高く群峰を抜く九重嶺の裾野の高原数里の枯れ草が一面に夕陽を帯び、空気が水のように澄・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 一体の地面よりは一段高い芝生の上に小さな猪口の底を抜いて俯伏せにしたような円錐形の台を置いて、その上にあの白い綺麗なボールを載せておいて、それをあのクラブの頭でひっぱたくと一種独特の愉快な音がする。飛んで行った球がもう下り始めるかと思・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ただし豆ではなくてとうもろこしを細長い円錐形の紙袋につめたのを売っています。 大道で鍋を煮立たせて、ゆでだこを売っている男がいました。 ヴェニスの町は朽ちよごれているが、それは美しく朽ちよごれているので壁のはがれたのも、ないしは窓か・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・この荒涼な墓場の背景には、美しい円錐火山が、優雅な曲線を空に画してそびえていた。空に切れ切れな綿雲の影が扇のように遠く広がったすそ野に青い影を動かしていた。過去のいろいろの年代にあふれ出した熔岩の流れの跡がそれぞれ違った色彩によって見分ける・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 我邦では岡田博士に従って凍雨の名称の下に総括されているものの中にも種々の差別があって、その中には透明な小さい氷球や、ガラスの截片のような不規則な多角形をしたものや、円錐形や円柱形をしたものもある。氷球は全部透明なものもあるが内部に不透・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・ 七味唐辛子を売り歩く男で、頭には高くとがった円錐形の帽子をかぶり、身にはまっかな唐人服をまとい、そうしてほとんど等身大の唐辛子の形をした張り抜きをひもで肩につるして小わきにかかえ、そうして「トーン、トーオン、トンガシノコー、ヒリヒリカ・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・この鳥籠というのは動物園などにあるような土地へ据えるもので、直径が五尺ばかり高さが一丈ばかり、それは金網にかこまれて亜鉛の屋根のついた、円錐形のものである。それを病室のガラス障子の外に据えて数羽の小鳥を入れて見た。その鳥はキンパラという鳥の・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・丘は街の三条の直線に押し包まれた円錐形の濃密な草原で、気流に従って草は柔かに曲っていた。彼はこの草の中で光に打たれ、街々の望色から希望を吸い込もうとして動かなかった。 彼は働くことが出来なかった。働くに適した思考力は彼の頭脳を痛めるのだ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫