・・・その青白い油虫の円陣のまんなかにいて、女ひとりが、何か一つの真昼の焔の実現を、愚直に夢見て生きているということは、こいつは悲惨だ。「あなたは、どうお思いなの? 人間は、みんな、同じものかしらん。」考えた末、そんなことを言ってみた。「あた・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・のメロディーを放散していると、いつのまにか十人十五人の集団がその下に円陣を作るのも、あながち心理的ばかりではなくて、なにかわれわれのまだ知らない生理的な因子がはたらいているのかもしれない。 朝九時ごろ出入りのさかな屋が裏木戸をあけて黙っ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・そして家畜を中心にして行列の人と見物人とが円陣を作った。 行列の一人が中央に進み出て演説を始めた。私は一所懸命にその演説者の言葉の意味を拾おうと思って努力したが、悲しい事には少しも何の事だか分らなかった。ただ時々イエネラール何とかいう言・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・その海の断面のような月夜の下で、花園の花々は絶えず群生した蛾のようにほの白い円陣を造っていた。そうして月は、その花々の先端の縮れた羊のような皺を眺めながら、蒼然として海の方へ渡っていった。 そういう夜には、彼はベランダからぬけ出し夜の園・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫